【小説：私があなたに！】21.美桜と日和②

2023年6月19日2023年10月17日

　
　いきなり青井に話しかけられたときは本当に驚いたけど、最大の難関と思っていた二人で話せる時間の確保できたのは本当によかった。
　なぜ、彼女の方から話しかけてくれたのかは、分からなかったけど。
　
　
　手紙は昼休みに渡したと、ちひろから教えてもらった。
　青井はその場で読んで少し驚いていたみたいだけど「わかった。ありがとう」と言っていたらしい。

　
　久しぶりの学校は、授業の内容がかなり進んでいて、まっくついていけず、取り戻すためには相応に頑張らなくてはならない事実を突きつけられた。
　かなり気がまいってしまったけれど、それは全て自分の責任なので仕方がない。
　
　放課後、クラスメイトがそれぞれ部活や帰路につく中、ちひろも私と日和の話が終わるまで待っていると言ってくれたが、これを断った。
　嬉しかったけど、これ以上ちひろに迷惑をかけるわけにはいかないという気持ちが強かった。
　
「これは、私の問題だから…………」
　
　少しだけ、ちひろが何かを言い淀んだように見えたけど「そっか、がんばってね」と告げると、大きく手を振りながら部活に向かっていった。
　
　教室にいる人もまばらになったので、駐輪場へ向かう。
　青井はもうずいぶん前に教室を出てたが、駐輪場で他の子がいたらと思うと、すぐに青井を追いかけることができなかった。

　駐輪場では、遠目からも青井の姿がはっきりと分かった。
　自分の自転車の隣で、手持ち無沙汰そうにスマホをいじっている。
　
「あのー」
　
　恐る恐る声をかけると、青井は驚く様子もなく、スマホをしまって顔をあげる。
　
「時間取らせちゃってごめんね。でも、風間さんも私に用があったみたいだから、結果オーライかな」
　
　手紙はきちんと読んでくれたようだ。
　
「でも、あの手紙『放課後に話したいことがあるので、中庭にきてください』って。それだけ？　って思っちゃったよ。果たし状？」
「いや、そんなつもりはなかったんだけど、その前に書いた手紙がすごく長くなっちゃって…………。シンプルな内容の方がいいかと思ってそうした。話は、手紙じゃなくてきちんと会って伝えたかったから」
「そっか。わかった。じゃあ行こっか、ここじゃ人が来るし、他の人に聞かれたくない話もある…………でしょ？」
　
　なぜ疑問系なのかと思ったが、青井の言う通りなので正直ありがたかった。
　
「近くにあまり人の来ない公園があるから行こっか。そこ、遊具も無いし、広さも中途半端で子供もあまり来ないんだよね」
　
　公園までの道中が二人きりなのでものすごく気まずいと思ったけど、仕方ないので同意する。向こうは自転車、こちらは徒歩だけど、青井は自分の自転車の鍵を開錠してからそのまま乗らずに押ながら私の横に持ってきた。
　
「それじゃぁ行こうか」
「うん…………」
　
　思い切り暗い声になってしまった。

　話すことが無いのは青井も同じだったようで、会話が無い。
　私は、これからどうなるのかと、不安な気持ちを拭うことができず、チラチラと青井を見てしまう。
　青井は、私と二人きりの状況をあまり気にしていないように見えるけど、どうなのだろう。
　　
「いやー、何話していいかわからないね。図書室の方がまだ話してた気がする」
　
　沈黙に耐えきれなくなったのか、青井が口を開く。
　
「それは、一方的に青井が話かけてきてただけだと思う。私から話かけたことは。…………少ないはず」
「そうだっけ？　結構前のことだから、忘れちゃった」
「私の特別な場所だったのに、毎日毎日来て、落ち着く場所じゃなくなっちゃった。すごく迷惑だった」
「おー言うじゃん。やっぱりそう思ってたのかー。私も最初は別の目的で行ったんだけど、あそこ、ちょっと気に入っちゃって…………。でも、図書室はみんなの場所だし、別に私が行ったって何の問題もないでしょ？　違う？」
　
　私の方を少し覗き込みながら青井が問いかけてくる。
　自分のペースを掴んだのか、どこかイジワルな感じで楽しそうだ。
　ちょっと、むかつく。

「違くない。来る来ないはあなたの勝手、ただ、毎回毎回、隣の席に座る必要はなかったと思う。あれだとまるで私に会いに来てるみたいだった」
「そのことか。うん。そうだよ」
「えっ？」
「だから、私は最初から風間さんに会いに図書室に行ってたってこと。本当は最初の１回で終わる予定だったけど、初日は気がついたら風間さん帰っちゃってたし。結構あの場所の居心地が良くって、その後何日も通っちゃった。でも、そりゃそうか。流石に隣に座るのは迷惑だったよね。ごめん。それは謝る」
「ちがっ、私こそ……」
「だから、それは私の失敗」
　
　私の話を遮るようにして、青井が続ける。
　
「目的があったんだよ。でもそのせいで、風間さんは学校に来なくなっちゃったんだと思う。本当は、初めて図書室にいったあの日に風間さんに聞こうと思ったの『私のことが嫌いなの？』って。それをズルズルと延ばしちゃったのが、私の失敗。ごめんね」

　青井の話が終わったタイミングでちょうど公園に着き、青井は自転車を通行の邪魔にならない場所に停めて、小走りで近くにあった自動販売機に行き、飲み物を２つ買って戻ってきた。
　
「お茶でよかった？」
「うん。ありがとう」
　
　受け取ったお茶は、じんわりと温かく、緊張して硬直して固まった心と体に沁みてくるようだった。
　
　
　特に言葉を交わすことなく、公園の適当なベンチに揃って腰掛ける。
　確かに殺風景な公園で、公園の本来の主役であるはず子供の姿はなく、青井と私の二人しかいない。
　
「逃げないでいてくれるってことは、何か答えを貰えるってことなのかな？」
　
　少し怯えたような口調で青井が問いかけてくる。
　
「うん」
「そっか。それで？」
「うん。まず、今まで本当にごめんなさい」
「それって、何に対してなのかな」
「まずはあの時、あの場から逃げちゃったこと。そして何日も何日も、待たせちゃったこと。本当にごめんなさい」
「いいよ。だって風間さんも何か理由があったんでしょ」
「何もなかったわけじゃなかったけど、全部自分の問題だった」
「どういうこと？」

　気持ちを落ち着かせるように短く呼吸を整えて再び話し始める。
　
「２つめのごめんなさい。これは、これまで青井さんに対して、ひどい事をたくさん言っちゃったこと。本当にごめんなさい」
「その謝罪は……あまりいい気がしないかな。私のことが何で嫌いなのかはこの後聞くけど、とりあず、なんとなく謝ってるんだったら、私、許さないよ」
　
　少し語気を強くした青井が告げる。
　本当に怒っている声だった。
　
「分かってる。なんとなく謝っているんじゃない。ちゃんと話す。でも、長い話だし、それでも納得してもらえないと思う。私だったら納得しない。ただ、聞いてほしい。その上で、青井にどう思われてもいい。私はそれだけのことをしてきた。許されないと思う。その後はどうしてもらってもいい。私はそれだけのことを…………」
「ストップ、ストップ！　わかった。ちゃんと聞くから、そのために来たんだし、長くなってもいいから話してよ」
「ありがとう。あのね…………」

　
　私は、これまでのこと、自分の家のこと、私の価値観を青井に押し付けたこと、青井が羨ましかったこと、そして同じくらい妬ましいと思ってしまったことを話した。
『嫌いなのか』と聞かれて、初めて自分がおかしいということに気がついたこと。
　ちひろにもたくさん助けてもらったこと。
　１つ１つ、時間をかけて説明をした。
　その間、青井は、何か反論や言葉を挟む事なく、静かに聞いてくれた。
　
「…………これで、全部。改めて、本当に今までごめんなさい。私の勝手な都合で振り回しちゃって。それで、青井に聞かれたことに答えるね。最後になっちゃってごめん。そして軽蔑されて当然だと思うけど」
　
「私は青井のこと、嫌いじゃない」

　本当に都合のいい話だと思うし、最低だと思う。

　勝手に相手を傷つけ、勝手に自分で納得し、そして一方的に謝罪をしている。
　こんなことは決して許される話じゃない。
　結局は、私の自己満足でしかないのだから。
　
　何度も言う。私だったら絶対に許さないだろう。だから…………。
　
　伝えることだけ伝えたけど、私は青井の顔を見ることができず、硬く握って自分の膝の上に揃えている自分の手ばかり見つめていた。
　青井は怒るだろう。
　青井には、当然その権利がある。

「う〜〜」
　
　思いもよらない声にハッとして顔をあげて青井の方を見ると、青井はぽろぽろと泣いていた。
　
「よかった……よかったよ……」
「？」
「私、ずっと、私が何かしちゃったのかなとか思ってた。でも全然それが思い浮かばなくて」
　
　そう言うと、日和は気持ちを整えるためか涙を拭きながら少し下を向き、今度は逆にそっと上を見上げながら深呼吸を２・３回してから、まっすぐ私を見つめてきた。
　
「お、怒らないの？」
　
「怒ってない、って言ったら、嘘になると思う。納得できないことがいっぱいある。ただ、なんだろう。なんでか分かんないけど『もういっか』って気持ちになってる。私は、私が風間さんを傷つけちゃったんじゃないかって思ってたから。そうじゃないって分かって安心した」
「それと、風間さんがどうして私に対して怒っていたのか、その理由がわかった。私にはそういった経験はないから想像しかできないけれど、風間さんの気持ちもわかる。そしたら、なんでかな。なんか涙が出ちゃった。全然泣く気なんかなかったのに。不思議。かっこ悪いところ見せちゃった」
　
　そういうと青井は、屈託のない笑顔で笑った。

　この時初めて青井の素顔を見た気がした。
　
　普段いつもニコニコしている青井だけど、その笑顔はどこか表面的に繕った笑顔だと思っていた。
　今の青井の笑顔は、その時とは全く違って、見る人全てを幸せにするような、無邪気で透き通った前向きな笑顔だった。

　だからこそ…………。

「ごめん」
　
　なおもまだ、笑顔の余韻を照れくさそうに残す青井に対し、とっさに、口をついで言葉がでた。
　
「ん？それは何に対する「ごめん」？」
　
「私は自分のことばっかり考えていて、あんなに休んで考える時間があったのに、青井がいままでどう思っていたのか、どう感じていたのかを全然考えてなかった。だから…………」
　
「そうかもね。だけど、それだけ風間さんにとって、今回のことは、お母さんとの問題の方が大きかったからじゃないの？」
「風間さんは、本来、人の気持ちを考えらえる人なんだんだと思う。ただ、今回はそんなことに気が回らないくらい、自分自身が傷ついて、自分のことが嫌いになるくらい思い詰めちゃったからじゃないの？」
「私は自分の一番の味方は自分だと思っているし、そうあるべきだと思ってる。だから、別に風間さんが今言ったことは、普通のことなんじゃないかな。私が「もういい」って言ったんだから、それに甘えていいんじゃない？　自分を許してもいいじゃん？」
　
　もう、無理だった。
　
　頭から片時も離れなかった思いが一気に解放され、喜びとも悲しみともわからない感情が体の奥底から溢れ出す。
　
（泣いちゃいけない）
（泣いちゃいけない。ここで私が泣くのは、絶対に違う。絶対に泣いちゃいけない）
　
　何か言葉を発したり、青井の顔を見てしまうとダメな気がしたので、ひたすら俯き、手を握って耐えた。
　おそらく、変な言葉も発していただろう。
　ただ、なんとか耐えられた。