【小説:私があなたに!】1. 風間 美桜

 
 |私《・》|は《・》|あ《・》|の《・》|子《・》|が《・》|嫌《・》|い《・》。どうしても。
 

 
 高校に入学して早くも半年が過ぎた。
 
 県内有数の進学校である女子校に入学し、私を取り巻く環境は大きく様変わりした。
 高校は受験というフィルターを経て、似たような実力の生徒が集まる。
 進学校なので、当然、勉強面で高い実力を持つ生徒が集まった。
 結果、日々の勉強のペース、定期テストの内容など中学の頃とは一変し、私がいかに|凡庸《ぼんよう》な人間かを痛感することとなった。
 
 これまで生きてきて『そんなことも分からなかったの?』と言われてしまうかもしれないが、分からなかったのだから仕方ない。
 それでも進学校に合格できたのは、勉強をかなりやっていたからという平凡な理由。
 逆にあれだけやったのだから、合格できなければおかしいと思っていた。
 
 ただ上には上がいる。
 
 高校入学後の私といえば、中学時代と同じく必死に勉強してやっと学校の平均くらい。
 中学では成績の上位を維持していただけに、最初は本当にショックを受けた。
 ただ、それが続くと、これ以上は私には難しいと諦めにも近い慣れを獲得してしまった。
 でも私にはどうしても、勉強をすることを止められない理由がある。

 友達関係には満足してい……ない。そもそも仲の良い友達を作ることが苦手で、中学の頃も、友達と呼べる子は数人だっだと思う。
 ただ、少なくともこの学校の生徒は、成績が良いからといってそれを自慢したりするよう人は見かけない。部活や学外の活動で活躍している生徒もいて、そういう子は、周りからの信頼が厚くて友達も多い。

 勉強も並、友達は少ない。それが私。
 
「みお!次は教室移動だよー!」
「りょうかーい」
 
 少し物思いにふけっていたら、他のクライスメイトのほとんどは、さっさと次の授業の教室に移動してしまっていた。
 そんな私を見かねて声をかけてくれたのが、私がこの学校で友達と呼べる数少ない相手のちひろだった。
 
 |風間 《かざま》 |美桜《みお》 それが私の名前。
 風間という少し古風な苗字は父方の姓なのでどうしようもないとしても、問題は名前の方。
 美しい桜…………完全に名前負けしていると思う。
 誕生日もまったく桜と関係ない12月なのに。
 
『名は体を表す』というが、果たして美桜という名前は、私の中身を的確に表しているのだろうか。

 自分の名前について考えながら前の授業の教科書をカバンにしまい、次の授業の準備をする。
 昨日は英語と数学の宿題と予習までは終わったが、睡魔に勝てずにその他の教科には手が回らなかった。
 なんとなく頭が働かないのも、十分な睡眠を確保できなかったせいだろう。
 寝足りないと訴えている体をノビをして誤魔化してなんとか立ち上がり、私の準備が整うまで待っていてくれたちひろと一緒に教室を出る。
 次の化学は化学実験室。
 移動が面倒なので実験以外の授業は教室で十分と思うけど、なぜ毎回移動しなきゃダメなんだろう。
 
 そうそう、私の名前の話。
 確か小学校の低学年の頃、自分の名前の由来を家族に聞いて発表する授業があった。
 私の名前の由来を母親から聞いた気もするが、正直忘れてしまった。
 あの母親が決めた名前だからだろうか。
 忘れようがないって思われてしまうかもしれないが、その通りなのだからどうしようもない。
 
 確かうちの両親は同じ大学だったので、出会った季節が春とかそんな感じなのだろう。
 それを名前の由来にしたのであれば、そんな馴れ初めを自分の子供の名前に記録するのは正直どうかと思うし、はっきり言って嫌悪感しかないのだけど、忘れてしまったのでちょうどよかったと思う。
 小学校低学年であろうと、しっくりくる由来であれば多分覚えているだろうから。
 いっそのこと、自分で考えてみようか。美しい桜、桜は美しい…………無理じゃない? そもそも。
 
「みお、私の話聞いてる?」
 
 私と一緒に教室を出た|橘 ちひろ《たちばな ちひろ》が、少し怒ったような口調で私を呼んだ。
 ほっぺたを膨らませており、小動物のようでかわいい。
 
「ごめん、ごめん、全然別のこと考えてた」
 
 面白さがかけらもない話を脳内展開していたので、ちひろの話はまったく頭に入ってきていなかった。
 
「だと思った。みお、何か考えてるとき周りのこと完全に入ってこないもんね」
「そうかな?」
「いつもそうだよ! 自分の世界に入りすぎ!」
 
 ちひろはまだ何か言いたそうな表情をしているが、あまり引っ張る性格ではないので、すぐに機嫌も治るだろう。
 
 良いところのお嬢さんらしいが、それを鼻にかけない明るい性格をしていて、交友関係も広い。
 その性格からか、誰に対しても裏表なく接することができるのが彼女の長所。
 あと、どうも彼女は私の名前を『みお』と、ひらがなで呼んでいるような気がする。
 なにかこう、丸みのあるニュアンスで私の名前を呼ぶから。
 
「そういえば、小学校からずっとみおとは同じクラスだよね。高校も同じところに行くと思ってたけど、また同じクラスになるとは思わなかった」
「あーそっか、確かにそうだね。なんだか不思議」
 
 小学校、中学校、そして高校1年。ずっと同じクラスになる確率ってどの位なのだろう。
 クラス替えはランダムに決めるわけではなく、学力レベルや友達関係、体力測定の結果などを総合的に考慮して決めると聞いた気がする。
 
「みお、これから先もずっとよろしくね!」
「何が?」
「クラスのこと!」
 
 ちひろは、まるで確定したことのように、これから先もよろしくと、これまた嬉しそうに宣言をする。
 
 この先私はずっとひちろと同じクラスなのだろうか? もしかすると裏でクラス替えを操作しているのかもしれない。

(お嬢様パワー?)
 
 家柄から、もしかするとちひろの家は何か学校側の弱みでも握っているのかもしれない。むむむ。
 
「そういえばさ、ちひろって、なんでちひろって名前なの?」
「ん?どうして?」
「いや、小学校の低学年のころ、自分の名前の由来を家の人に聞いてくるっていう宿題があったじゃん。あとからそれをクラスで発表するってやつ。自分の名前の由来は忘れちゃったんだけど、ちひろは覚えてるかなーと思って」
「えーそんなのあったかな? 忘れちゃった!」
 
 ここにも記憶を飛ばした人間がいた。

 ちひろは平仮名の名前だが、漢字にすれば、例えば『干尋』だろう。千もの、たくさんの物事が、|尋《たず》ねてくる。または、自分自ら尋ねる。みんなに慕われ、かつ好奇心旺盛で色々なことに興味を持つ彼女にぴったりの名前だと思った。
 平仮名なのも個人的には可愛さがあり好きだ。まさに名は体を表すという言葉にもぴったり合う。

 どこか嬉しそうな様子で横を歩くちひろ。
 私は会話が得意じゃないけど、ちひろとは不思議と会話がなくても居心地の悪さを感じない。
 付き合いが長いという他に、彼女の性格のおかげかもしれない。
 
 そんなことを考えているうちに、化学実験室についた。
 こういった特別な教室が集まる別棟の四階。
 自分達の教室が本棟一階なので、そこそこ遠い距離なので面倒だったが、すこし会話をしながら移動するにはちょうどいい距離。
 
「あ、あおい!」
 
 ちひろが、いきなり大声を出したのでびっくりしたが、その相手が誰だかを認識した瞬間、ドロっとした感情が湧き出てきた。
 ちひろが呼びかけた相手こそ、私がいま最も苦手な相手、いや、嫌いな相手の|青井 日和《あおい ひより》 だった。
 
 私は青井 日和が嫌い。
 
 今まで、嫌いな人が一人もいないなんて、聖人のような人間ではない。
 ただ、今まで苦手思うことはあっても嫌いと思うことは無かった。

「あおい、確か家がケーキ屋さんだったよね。今度ケーキの作り方教えてくれない?」
「いきなりだなぁ。突然どうしたのー?」
「いつも行ってた商店街のケーキ屋さんが、体調悪くて閉店しちゃって、もうケーキ食べられなくなっちゃったんだよ」
「あーあそこね。いちごショートとモンブランが美味しかったけど、お店を継ぐ人がいなかったらしくて、ずいぶん前からお店を閉めるタイミングを考えてたみたいだよ」

(ちひろは自分で作ろうとしてたのか)
 
「そーなんだ。残念」
「てか、ケーキ食べたいなら、うちに買いにきてよ」
「あ、そっかその手があったか! 流石あおい」
 
 楽しそうに会話しているちひろを見ていると、なんだかイライラが止まらなくなってきた。
 
「ちひろ、もうすぐ授業はじまるよ」
 
 そのまま化学実験室に入ってくれればいいのに、ちひろが声をかけたものだから、青井とちひろは、ちょうど教室の入り口を塞いで話をしている形になっている。
 教室の入り口は2つあるのだから、別にそこから入らなければならない理由はない。
 ただ、どうしてもそこから入らなければならない気がした。
 
「青井、ちょっと邪魔なんだけど」
「あ、ごめん」
 
 キツイ言い方になっているが仕方ない。
 だって邪魔だったし。
 青井が空けたスペースを急ぐように通り過ぎ席に向かう。
 
「どうしたのかな、みお、なんだか機嫌悪いね。何かあったのかな」
「そう?風間さん、いつもあんな感じだけど……」
「そうかな〜?」
「え、やっぱり私意外にはそうじゃないの? 自分にも周りにも厳しい子なのかな?って思ってた。ストイックだから忍者みたいだなって」
「あはは!あおい面白い。忍者! ニンニン!」
「ニンニン!」
 
(誰が忍者じゃ!)
 
 変にちひろに気を遣わせてしまったと、一瞬「申し訳ない」と思ったけど、その後のやり取りで申し訳なさがどこかへ飛んでった。
 
 自分の席に座り、授業の準備をする。そもそも『風間』という苗字なので、忍者関連でネタにされたことは一度や二度ではない。
 だけど、もちろん忍者ではないので良い気はしない。
 流石に中学・高校と進学していくにつれ、そんなことをネタにされることは減っていった。
 ましてやここは女子校。
 やっと苗字ネタでいじられることがなくなったと思ったが、どうやらそれは私の思い違いだったのかもしれない。

(ちひろ、そこは突っ込まなくていいところなんだよ)

 しかも、最悪なことに青井からその話題が出るとは思わなかった。
 苗字から連想したのか、私の態度から連想したのかは知らないけど、ここが自分の部屋だったら枕に顔を埋め「うぁぁぁぁ〜!」と叫んでいたことだろう。
 
 久しぶりに忍者でネタにされたので、ろくでもない記憶が、蘇ってきた。
 あれは確か小学生の頃、ある上級生の男子が忍者ネタでからかってきた。
 普通はその場を適当にやり過ごせばそれで終わりだけど、その子はことある度に私に突っかかってきた。
 偶然会った時はもちろん、どうやら待ち伏せをもしていたらしい。
 あまりにも鬱陶しいのと、体の大きい上級生ということもあり怖く、強く言い返すこともできなかったため、あるときやり場のない悔しさや悲しさが溢れてしまい、大泣きしてしまった。
 
 その時はクラスの友達が職員室に先生を呼びにいってくれたのけど、その後は大人たちを巻き込んでそこそこ大きな騒動となり、結果的に私をからかっていた子は転校してしまった。
 あの子は今何をしているだろう。
 
 結果的に徹底的にやり返す形になってしまったし、あの時は滅多に怒らないちひろがすごく怒っていたのが記憶に残っている。
 私は先生に今までどんなことをされたかを話しただけで、その後どんなやりとりがあったのかは、いまいちよくわかっていなかったが、その男の子は確かに転校していった。
 ん? 今思えば、ちひろ、というかちひろの家は何もしてないよね。
 ちひろ、お父さんに言いつけるとか何とか言ってたけど……。
 
 ちひろとクラスがずっと一緒なのはちひろの家が関係しているのでは? という陰謀論を自分の中でくだらない妄想として処理していたが、あながち間違いでもないかもと思えてきた。
 うーん、くだらない…………例えそうだとしても触らぬ神に祟りなし。
 何れにしてもちひろのことだ。その時のことを聞いても、おそらく何も覚えていないだろうし、真実は知らない方が幸せかもしれない。
 もはや名前も覚えていない上級生の男の子に、合掌。
 
 
 科学の授業中は、眠気と戦うために中学も高校も理科系の授業がなぜ、別教室でやるのかを考えていた。
 黒板しか使わないのであれば、教室で良いはず。

(ああ、そういうことか! 居場所の問題か)
 
 当時はまったく疑問に思っていなかったが、先生は必ず隣にある準備室から登場していた。
 
 もちろん、授業の準備を行っていたのだろうが、今思えばそこは理科系の教師陣の溜まり場になっていた。
 職員室にも自席はあるが、準備室にいることの方が多く、先生に用事があるときは職員室に行くか準備室に行くか、カンで決めていた。
 
 準備室にいることが多いのであれば、当然授業もその隣にある特別教室で行った方が移動が楽だし、実験のある日とない日で教室の移動指示をしないですむという利点もある。
 準備室では仲の良い先生が集まって談笑していることも多く、誰かが「部室みたいだ」と言っていた。
 
(いいなぁ)
 
 別に準備室がうらやましかったのではない。先生にとって準備室が自分の居場所だったのだ。
 私はそんな拠り所のような場所があるのが素直にうらやましく、ため息が漏れた。

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