【えちゅーど】8. – Is there hope beyond loneliness?

 あれから私たちは、病院に行ったり、警察で事情聴取を受けたり、本当に大変だった。
 当然そこそこの騒ぎになったし、警察への連絡が早かったことから犯人はその日のうちに捕まったと聞いた。
 
 ただそれで終わりというわけにもいかず、この件が決着するまでには色々とまだかかるらしい。
 
 ちなみに警察の話だと、チカを誘拐した犯人達は日々の生活に飽き、捕まることを目的に犯行に及んだとのこと。

 なんとなく、ネットを通じで集まり、遊びに行く先を相談するように誘拐を実行。
 捕まることが目的の犯行……ゲーム感覚なのだろうか。

(そんなの無敵じゃねーか。キモチワルイ……)
 
 たまたますぐに解放されたから良かったけど、チカだって、あのまま連れ去られていたらどうなっていたか分からない……。
 
 つくづく、いかに危ないことをしていたのかを痛感した。
 ショックでチカがベースを止めてしまうかが心配だった。

 そう、思っていた。

「悠妃、もう一本動画アップしたいから、曲の打ち込みよろしく」
「なっ、お前、警察の人にもそういうことは危ないからやめろって言われたじゃねーか。お前も『はい』って、素直に頷いてたじゃん」
「あの時は、そう言うしかない。私は諦めない」
「チカ、お前正気か?」
「正気。ねばーぎぶあっぷ!」

 私はまだまだチカのことが分かっていなかったらしい。
 普通、あんなことがあったら懲りるだろ。

「チカ、そんなにバンド組みたいのか? あんなに危ない目にあったのに」
「組みたい。でも、動画はアップするけど、バンドメンバーの募集とか、勧誘を待ってるってのはナシにする」
「どういうことだ?」
「きっといつか、別の出会いがあると思う。だから、動画のアップはチャンネル登録者数を増やして、お金を稼ぐためにする」
「前半、なんかいい話かなと思っちゃった感動を返せ。煩悩まみれな理由じゃねーか」
「? お金は大事だよ」
「そういう意味じゃねーよ」

 私は頭を抱え、チカに見せつけるようにため息をつく。
 やっぱり私には、一生チカのことを理解するのは無理そうだ。
 
(でもまぁ、これがチカの良さなのかもな)
 
 この先もチカとだったら、退屈しないで過ごせそうな気がする。
 その分、めちゃくちゃ苦労させられそうだけど。

(まぁ、それでも……)
 
「そういえば悠妃、位置情報がわかるキーホルダー私に持たせてくれてありがとう。あれ、あの日くれたポーチに入れたんでしょ?」
「あれなー。タイミング良すぎて、警察の人にもすっげー不審がられたからなー」

 この件で私の事情聴取はめちゃくちゃ時間がかかった。
 
「なんか、やっぱりあのメールおかしいと思ったんだよ。それで、万が一があったら嫌だと思ってポーチの中に入れておいたんだよ。まぁ、その万が一が現実になっちゃったんだけど……。あ、それをしかけたいからポーチ買ったわけじゃねーぞ。あれは、純粋に…………その……プレゼント……で」
「ん。分かってる。でも、これで私がどこにいても悠妃はわかるし、また何かあったら助けてくれるんでしょ?」
「また何かあったら困るんだよ。大人しくしてろ! って、お前、嫌じゃないのか? どこにいるか私にいつでも把握されるんだぞ?」
「? 何で嫌なの? 私、嬉しいよ?」

 チカは素の表情で不思議そうな顔をしている。
 
「…………変わってんな、お前」
「悠妃に言われたくないし」

 チカはちょっと不機嫌な顔になる。
 私に『変わっている』と言われたのが気に入らなかったのだろうか。
 
(そこかよ! チカの地雷ポイントが全然わかんねー)

「まー、嫌じゃないならそのまま持ってろ。ただ、電池なくなったら意味ないから、そこだけ注意な」
「わかった」

 チカは新しくアップする曲のバンドスコアをベースケースから取り出して、部屋の隅のクッションに座りパラパラと内容を確認している。

「悠妃」
「なんだ?」
「あの時……悠妃が助けてくれたあの時、悠妃がぎゅっと抱きしめてくれた。あの時『帰って来れた。また悠妃に会えて良かった』って感じて嬉しかった。私、もしかしたら悠妃にもう会えないと思ってたから……」

(それは……、私も同じことを思っていた)
 
 ただ私は……、私があの時流した涙は……。
 
『メールの選別をもっとしっかりやっておけばよかった』『相手についてもっと調べればよかった』『おかしいと感じたのであれば、はじめからチカを一人で行かせなければよかった』
 そんな、変えようのない過去の自分の|過《あやま》ちに対する押しつぶされそうな後悔が半分。
 そして、たまたまいくつもの奇跡が重なってチカを取り戻せたという安心感と嬉しさが半分。
 
 いや、そうじゃないか。
 
 あの一瞬、チカを取り返せたことで、自分のせいでチカを大変な目にあわせてしまったという罪悪感が薄れ、その後、安心感や嬉しさを感じたのだ。

 自分に対して、失望する。
 チカを取り戻せたからといって、私の罪は軽くなってなどいないのに……。
 
「チカ、私もまたチカに会えて嬉しかった。でも、ごめん。私がもっとちゃんとしてれば、こんなことにはならなかった。私のせいだ。本当にごめん」

 こんな謝罪も、結局は自分が救われたいからだろう。
 ただチカに対しては、きちんと、正直に謝りたいと思った。
 この先も、チカと一緒にいるために。
 
「…………………………」

 チカは手にしていたスコアを横に置き、スッと立ち上がり私の方に近寄ってくる。
 
「チカ?」
「悠妃のバカ……」
 
 チカは眉間にシワをよせ、ムッとした表情で私を見つめていた。

「なっ」
「バカバカばーか、悠妃のばーか! あんぽんたん!」
「ひ、人のことそんなにバカバカ言うな…………まぁ、バカなんだけど」
「バカじゃない!」

(どっちだよ!)

「なんで悠妃が責任感じてるの?」
「そりゃ、お前…………」
「私が行くって決めたんだから、私が全部悪い。そもそも動画をアップしたいって言ったのも私。悠妃はそれを手伝ってくれただけ。悠妃がなんで責任感じてるの? 謝るのは私。ごめんね」
「それはそうかもだけど、全部が全部、お前の責任なんて言えないだろ……」

 私にだって、譲れないことはある。
 チカは少し悩むような素振りを見せると、思いもよらない言葉を口にした。
 
「うーん。じゃあ、二人が悪いってことで」
「お前、そんな適当に…………」
「責任の押し付け合いなんかしたくない。私が何を言っても悠妃は納得してくれなそうだし。なら、二人が悪いってことでいい」

 真剣に悩んでいた私がバカみたいじゃないかと思ったが、この話を突き詰めたところで二人そろって自分の落ち度をさらけ出し、ネガティブな負のスパイラルに落ちていくだけだろう。
 そんなの、救われない。

「わかった。それじゃぁ、二人が悪いってことで。…………チカ、ありがとな」
「ん。それでいい。そんなことより、曲の打ち込みよろしく」

(『そんなこと』って。コイツも相当だな……)

「チカ!」
「なに?」
「その……あれだ、この前は私からだったから……今度はお前から」
「なに?」
「だから、その…………ん!」
「ん?」
「ん!」

 チカの前に立ち、両手を広げると、チカはようやく意図を理解し、一歩前に進むと、私を強く抱きしめる。
 私は、チカがいま無事にここにいることに感謝して、そしてこれからもずっとここに居て欲しいと強く願い、その存在を確かめるようにチカの背中に手を回して応える。

 ミントの香りが、私を包む。
 
 いつもの場所にようやく帰ってこれた気がして、私は子供のように大きな声を出してチカの胸で思いっきり泣いた。

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