「なーに二人で話してるのかな? 朝から元気だねー。おはよー」
自転車が私とちひろの横に止まり、日和が朝の挨拶をしてくる。
「あ、日和おはよう! 昨日はありがとう!」
「日和ちゃん、お、おはよう。あの、昨日はごめんね」
「おはよー。ん、いいよいいよ。大変だったね。用事は大丈夫だった? 今度また遊ぼうね」
「うん……ありがとう」
ちひろの顔が再び曇る。笑顔もぎこちない気がするのは…………気のせいじゃないと思う。
日和がそれに気がついたかは分からなかったけど、「それじゃーまた教室でねー」と言うと、日和は手をヒラヒラ振りながら、行ってしまった。
「自転車やっぱりいいよね。自分の直すか新しいの買うか…………いや、お金がなぁ。って違う違う」
「ちひろ、何か困ってることある? 何だか元気ないように見えるけど」
「ん? そ、そんなことないよ…………」
「うーそ。そんなこと言っても分かるんだからね。私にできることない? 家のこと?」
「いや、ちがっ、みお…………あの……ひよりちゃ…………」
「私? 日和?」
「…………なんでもない」
そう言うと、ちひろは黙って俯いてしまった。
両手でスカートを掴み、何かを必死に我慢しているようにも見える。
「ちひろ、私、また何かしちゃった?」
ちひろは俯いたまま、首を横に振る。
「日和のこと?」
ちひろはまた、首を横に振る。
「今は、言いたくないこと?」
ちひろは少し間をおいて、ゆっくりと首を縦に振った。
「そっか…………。私、ちひろのそばにいて大丈夫?」
そう聞くと、ちひろは顔をあげてくれた。
ただ、目には涙が溜まっていて、泣くのを必死に堪えているように見える。
「ちひろ?」
ちひろは私の顔を見つめ微かに声を発するが、言葉として伝わってこず、その後も何度か何か言おうとするが、言葉がまとまらない様子で言い淀むことを繰り返した。
私は、優しくちひろの両手をとり話しかける。
「ちひろ、落ち着いて、ゆっくりで大丈夫だよ」
「………………うん」
ちひろは、ゆっくりと息を整えてから、絞るように話し始めた。
「あのね、うまく、言葉にできなくて…………でも、みおのせいとかじゃ、なくて」
言葉を選ぶようにして話を続ける。
「私の中で、こう…………整理がついてないことがあって、みおとか、日和ちゃんと関係ないわけじゃないんだけど…………」
「そっか、ごめんね」
「みお、あやまらないで。私が悪いんだから…………」
「………………」
「いつか、ちゃんと言う。みおに。だから、少し待ってて欲しい」
少し前に、ちひろは私の代わりに私の母親のことで怒ってくれた。
その時も、辛そうな顔をしていたけど、今は内面的なことでもっと辛そうに見える。
そんなちひろのために何もできないということが、歯痒くて仕方ない。
「わかった…………。でもちひろ、私にできることあったら、なんでも言ってね」
ちひろは少し目をそらすと小さな声で「うん」と返事をした。
「それじゃー、学校いこっか、遅れちゃうよ」
「うんっ」
今度はさっきよりも少し大きな声だったので、少し安心した。
でもちひろは何に悩んでいるのだろうか。
ちひろは、私と日和に関係ないわけではないと言った。
昨日、遊びに誘ったこと、もしくは急にできた用事に何か関係があるのだろうか。
心当たりがないのがモヤモヤするけど、今、根掘り葉掘り聞かれることをちひろは良しとしないことは明らかだった。
待つしかないのだけど、それでも、何か私にできることがある気がする。
少しずつでもいい。
ちひろのことも、もっと知りたい。
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