【私があなたに!2】19.普通だけど、普通じゃないこと

「美桜、ちひろなんだって?」
「急な用事で来れなくなっちゃったんだって……」
「おー、まじかぁ…………どうする? ちひろいないと、美桜的にダメだったりする?」

 美桜は、見るからにショックを受けている。
 ちひろが来られなくなるってのは、美桜のシナリオに無かったのだろう。

 困った顔も、悩んでいる顔も、怒っている顔も、図書室で真剣に勉強をしている顔も美桜はかわいい。
 でも、できれば美桜には笑っていて欲しい。

「そしたらさ、イルミネーションはまたちひろとも調整して行くとして、今日は普通に遊ばない? せっかく来たんだし、このまま帰っちゃうのはもったいないから」

 一瞬、美桜の表情が和らぐが、ちひろの顔が浮かんだのだろうか、何かを言いかけて、口篭ってしまった。

(ぶっきらぼうなところあるけど、本当に優しいんだよなぁ) 

「美桜も今日のこと、色々考えてきてたんだよね。うーん。それじゃあ、軽くお茶して、そのあと私の家来る? さっき言ってた美桜のモノを置くスペース作ろうよ」
「………………急に行って大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! うち、ケーキ屋だから日曜日も営業日でお父さんもお母さんもお店にいるし。あー、生意気な弟はいるけど、無視していいから…………急すぎるかな?」

 美桜は少し迷ったような素振りを見せたが「じゃー、いく! 日和ありがとう!」と笑ってくれた。

「それじゃー適当にその辺歩いて、良さそうなお店あったら入る感じでいい?」
「うん。大丈夫」
「レッツゴー!」

 駅前に数年前にできたショッピングモールをあたって、それがダメならまた適当に探せばいいと思い、出口に向かって歩き出す。

 駅構内から外に出ると、流石に日曜日ということもあり人通りが多く、加えて路上ライブの周りにできた人だかりが通路を塞いでしまっている。
 
 ショッピングモールまでは目と鼻の距離なので、人混みの間を無理やりすり抜けて入り口まで行く。
 美桜もなんとか付いてきてるみたいだ。

 ようやく、ショッピングモールの入り口まで辿り着き、その横にぽっかりとあいたスペースに身を寄せて振り返ると、慌てて付いてきたのだろうか、人混みを抜けた美桜がつまづき、私の胸に飛び込んできた。

「美桜! 大丈夫?」
「あ、ありがとう! 人、すごいね。私初めてきたけど、いつもこんな感じ?」
「いや、今日は異常、普段はもう少し空いてると思う。何かイベントがあるのかな」

 これだけ混んでると、手を繋ぐ理由になるかなと、一瞬考えてしまった。

「とりあえず、このショッピングモール見てみる? 服とか雑貨、カフェにレストラン、色々入って結構面白いよ。服とか見てもいいけど、節約している美桜にとっては目に毒か」
「日和が見たかったら見ていいよ。私、あんまり服とかわからなくて適当になっちゃうから。日和の選びかたとか参考にしたい。いつか役に立つ気がする」
「本当? いや、でもそれ今度にしょう。美桜が捨てるって言ってた服とか見て好み知りたいし。でも、今日の美桜の服も、か、かわいいよ。似合ってる」

(なんで私はこんなに緊張しているんだっ)

「かわいい? そんなことないよ、日和のほうが、もっと、ずっと、ちゃんとかわいい」

(そりゃー、めっちゃ気合い入れてきたからね!)
 
 でも、『かわいい』なんて、これまで何百回って言ってきたし、言われた気もする。
 ただそれは『こんにちは』とか『おはよう』っていう挨拶みたいなもので、『どう?』って聞かれたら、とりあえず『かわいい』ってなんとなく返していた気がする。
 特にここ数年は絶対に自分の意見を言わないようにしていたから。

 でも、さっきの私は本心で美桜のことが『かわいい』って思ったからそう言った。
 美桜も、それに返すように『かわいい』って言ってくれたけど、これってどっちなのかな…………。

「美桜!」
「な、なに? 大きな声出して」
「私、友達とあんまり仲良くならないようにしてるから、友達に『これどうかな?』って聞かれた時に、反射的に『かわいい』って答えちゃってるんだけど、私、さっき美桜のこと、本当にかわいいと思って言ったから! そこのところ誤解しないようにっ!」
「わ、わかった。私もお世辞で言ったんじゃないよ。日和は、かわいい」

(っつ………………)
 
 人は誰かを好きになると…………好きな人を前にすると、こんなにもダメになるのだろうか…………。
 さっきだって、頭で考えるよりも先に言葉が出ていた。

「あ、ありがとう。ございます」
「日和、何で敬語! ふふ。前と逆だね。|青井 日和《あおい ひより》さん、私たち、同学年!」
「か、からかわないでよー。早くお店探そ。混んできちゃうよ」

 これ以上、分が悪くなるのを避けたかったのでフロアマップの方に美桜を誘導する。
 まさか、以前、美桜が私に敬語を使ったときに面白おかしくからかったことを覚えていたとは!
 
 いや、私が悪いんだけど…………いや、っていうか、あの頃は私、美桜にイジワルされてたからお返ししてやろうと思っただけなんだけどなぁ。
 今更、昔のことを考えても仕方ないので涙目になりながらフロアマップを見ていると、横で『あっ』という声を漏らした美桜の視線がフロアマップの一点を凝視していた。

「ん? 『猫カフェ ニャンほりっく』だって。美桜、猫カフェ行きたいの?」
「猫カフェ?」
「そう。猫がいっぱいいて、猫と遊んだりオヤツあげたりできる。あと、カフェスペースもあるから、そこでお茶もできるんだけど…………」
「何それすごい! 日和ネコ好き? 良かったら行きたいんだけど!」
「うーん。ネコかぁー」
「日和、ネコアレルギーだったりする。だったら全然大丈夫だから別のところにしよ」

 普段友達と出かけた時だったら、ネコアレルギーと言って適当に誤魔化すけど、美桜に嘘はつきたくない。

「美桜ごめんっ! ネコ、めちゃくちゃ好きだし多分アレルギーもないと思うんだけど、うち、家がケーキ屋だから、服とかに毛がついた状態で帰っちゃって、万が一それがケーキに混入したらマズイことになるから、あんまり動物に触らないようにしてるの。だから、ごめん。猫カフェは行けないかな…………」

(家のことを理由になんて、良い子ぶってるとか思われないかな……)

「おー。家のことちゃんと考えてて日和、えらいね。尊敬」
「…………いやー。ははは」
「日和、どうした?」
「いや、家のことを理由にするなんて、良い子ぶってるとか思われないなーって思ってたんだけど、逆に美桜に褒められて、面食らったというか、恥ずかしいというか」
「なにそれ。逆にそれで『良い子ぶってる』なんて考えるヤツって性格悪すぎるでしょ。それぞれ事情があるんだから。お店って一度信用無くしたら、それこそやっていけなくなっちゃうかもしれないんでしょ? 日和、えらいよ」
「………………」
「何?」
「そんなことまで分かってくれるなんて、美桜、すごい!」

 素直に感動した。
 
「すごくないって。でも日和、多分だけど、そんなにひねくれた人ってあんまりいないと思うよ。もしいてもそんな子と仲良くする必要なんてないんだから。思ったこと、どんどん言った方がいいよ」
「…………わかった」

 みんなの、あるいはその場のノリに合わせないとシラけることなんて、いままで沢山あった。
 その度に、なんとか穏便にその場の雰囲気が悪くならないような言い訳を考えて発言してきた。
 
 でも、そんなことに気を使う必要がない居場所がある。
 私のことを理解してくれる友達がいる。
 私は嬉しくて、嬉しくて、感謝を伝えたくて、美桜を抱きしめたい気持ちを抑えるのが大変だった。

「ありがと、美桜」
「めちゃくちゃ嬉しそうだね。日和。変なの」
「いいんだよー。あ、そうだ美桜、実際の猫はダメだけど、ここに入っているカフェでいいところあった。この前スマホで見て、機会があったら行きたいなーって思ってたんだ。思い出した! そこでもいい?」
「いいよ。私、そういうのよくわからないから」
「じゃあ、けってーい! レッツゴー!」

「日和、本当にご機嫌だね」
「そりゃー、美桜ちゃんと一緒だからね」

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