【小説:私があなたに!】23.友達

 風間 美桜。自分勝手な理由で私を嫌いになって、そして自分勝手な理由で私を嫌いじゃなくなって、そして自分勝手な理由で私と友達になりたいと言う。
 そして私は『絶対』が無い友人関係に失望して友達と距離を置いたにもかかわらず、それでもどこかで、友達ともっと仲良くなりたいと願っている。

「ねぇ、突然、嫌いになってもいいの?」
「いい」
 
 風間さんは、まっすぐに私の目をみて答える。
 そんな姿がたまらなく眩しく、こっちが目を背けたくなってしまう。

「私、自分が『こうだ』って思ったこと、そのまま言っちゃうし、行動しちゃうよ?」
「それでもいい」

「それで、私、風間さんを傷つけちゃったりするかもしれないよ?」
「嫌な時は嫌っていう。間違ってると思ったら、それもちゃんと言う」

「喧嘩になっちゃうことだって…………」
「いいよ。喧嘩しよう」
 
「私、めんどくさいよ」
「大丈夫。私のほうがめんどくさいから!」

「信じていいの?」
「信じて…………欲しい。そのままの青井でいい」

 どこから、いつからまた私は泣いていたのだろう。
 わからない。
 
 目の前にいる風間美桜という女の子は、そんな私とは違って、変わらずに強い決意に満ちたような表情を向けている。
 
 目を背けていたい気持ちはまだある。
 そんな簡単に人を信じられるようにはなれない。
 ただ…………私も変わる時がきたのかもしれない。
 
 いや、私は…………『変わりたい』。

 
「わかった。私と、友達になって」

 緊張が解けたのか、風間さんはさっきまでの迫力が嘘のようにしぼみ、代わりに目を潤ませ、抑えきれなくなった涙がポロポロと頬を伝った。
 そして、今まで見たことのない笑顔で笑ったと思った瞬間、私を抱きしめてきた。
 
 なんで風間さんが泣いているのかは、わからない。
 ただ、私の腕の中で、私よりほんのちょっと低い身長の風間さんが、周りも憚らずに声を上げて泣いている。
 
(この子は、強いな…………)

 これから、どういう未来が待っているのかもわからない。
 
 私が抱えているもの。
 彼女が抱えているもの。
 どちらも、何かが解決したわけでもない。
 
 ただいまは、私が私であることを『私らしさ』を認めてくれる友達ができた。
 この関係はこの瞬間が最大なのかもしれない。
 でも、それでいい。
 風間さんも言っていた。

『不変のものはない』と。

 
 どのくらいそうしていただろう。
 気がつくと、さっきまで大泣きしていた風間さんも泣き止んだようだった。
 
「………………しぃ」
 
 私の腕の中から泣き声以外の声が聞こえ、モゾモゾと動いている。
 
「ん? どうしたの?」
「…………はずか……しい」
 
 彼女を抱えていた腕を開き、上半身を少し後ろにそらす。
 
 風間さんは顔を真っ赤にし、先程まで強い意志を持って私を見つめていた目も今は照れくさそうに斜め下を向いている。
 
(笑ったり、泣いたり、照れたり、本当に忙しい子だ)
 
「風間さん? どうしたの?」
「あの……えっと、色んな気持ちが溢れちゃって、思わず泣いちゃったんだけど、なんで抱きついたのかなって。それで、落ち着いたら、なんかこう…………恥ずかしくなっちゃって。あの、その、できれば忘れてほしい…………んだけど」

 彼女の言う通り、考えることなく気持ちが先行して体を動かし、冷静になった今、とたんに恥ずかしさが勝ったのだろう。
 
 だったら………………。
 
「うーん。それは無理かな」
「え、なんでっ」
 
 逸らしていた視線が再び私の方に向けられる。
 
「それはねー。実は私、前からずっと風間さんが笑った顔が見たかったんだよね。『笑ったら、すごく可愛いのに』ってから思ってた。それがさっき見られたんだけど、そのあと、泣いたり、照れたりする顔もすごくかわいかった。それを忘れることはできないかなー」

「な、な、なにそれ!」
「だから、忘れるのは無理だから。これからもいろんな風間さんを見せてね」

 そう告げたあとの風間さんは、嬉しそうな気まずそうな表情を浮かべていて、何を考えているかを読み取るのは難しかった。
 ただ、それでいいのだと思う。

(もう少し…………)

「あ、あと」
「なに? まだ何かあるの?」
 
 私からさらに何か言われるのかと、警戒するように風間さんが答える。

「えっとさ、あの、なんて言うか…………」
 
 今度は私の方が照れてしまう。
 
「なに?」
「お願いがあるんだけど、せっかくだから名前で呼んでいい?」
「名前?」
「そう。ずっと私『風間さん』って呼んでたじゃない? せっかく友達になったんだから、名前で呼びたいなって。『美桜』って」
「…………いいよ。でも、それじゃあ私も、名前で呼ぶ」
 
「美桜」
 
「なにっ?…………日和!」
 
 名前呼びが慣れていないのか、風間さんの、いや、美桜の顔がまた徐々に赤くなっていく。
 美桜だって、友達のちひろは名前呼びのはずなのに。
 
「もう1回!」
「なに?」
「もう1回呼んで!『日和』って」
「い、嫌だよ、恥ずかしい……」
「えーなんでー? いいじゃん、お願い、お願い!」

 おそらく本気で嫌がっているのだろうが、構わず頼み続ける。
 
「お願いお願い。ラストでいいから」
「もー、面倒くさいなー。…………………………ひ、日和は」
 
 照れくさそうな表情は変わらないが、囁くように、斜め下の方を向きながら私の名前を呼んでくれる。
 
(風間 美桜、青井 日和。うん、悪くない。悪くない? 何が悪くないんだろう)
 
 美しい桜という名前を持つ友達ができた。
 青い空に風がそよぐ。
 明日もいい日和になるといい。
 もう冬が間近だけどね。
 
 友達と自分の名前で言葉遊びをするくらいに、私は浮かれているみたいだ。

「そうだ日和! 私も忘れないから!」
「え、何が?」

「日和の笑顔のこと、日和のホントウの笑顔は、たぶん私しか見たことないんだからね!」

「…………………………っ」
 
 だめだ。
 お互い照れてしまって、顔を見ることができない………………。

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