【小説:私があなたに!】17.青井 日和②

「日和ちゃんは、なんでも自分の思い通りになると思ってる!」
 
(あぁ、これは夢だ)
 
 同じ夢を今まで何回見ただろう。
 繰り返し、繰り返しみた過去の情景。
 あまりにもたくさん見たせいで、最近はこれは夢だとすぐに気がつくようになっていた。

 ただ、夢の中でも、その時感じた言いようのないショックを毎回鮮明に感じてしまう。
 夢だと気付けるのなら、夢の内容を少しでも変えることができればいいのに…………。

「…………っツ」
 
 そして、あの夢から目覚めるときもいつも一緒。
 
 私は、自分の部屋の天井を見上げ、泣いていた。
 
 これでもマシになった方だ。
 昔は夢から醒めると同時に飛び起きて、夢か現実かが分からず混乱し、そのまま大泣きしてしまい、そのせいで家族にもたくさん心配をかけた。
 流石に中学生になるころには落ち着いたが、今だにあの夢を見ると必ず目が醒めてしまうし、私はいつも泣いている。
 
「うーーーーんっ」
 
 軽くノビをして、袖で涙を拭う。
 
 いいかげん泣くこともないと思うけど、コントロールできないので仕方ない。
 今日は幸い、目が醒めたタイミングが朝なのでそこはよかった。
 変に真夜中に起きてしまうと、その後目が冴えてしまい、昼の授業で地獄をみる羽目になる。
 
 さてさて……設定していた目覚ましが鳴る時間まであと30分ほど。
 布団が恋しくて、このまま二度寝することが一番魅力的なのは間違いないけど、それはそれでロクでもない結果を招くことを私は長年の私との付き合いの中で知っている。
 覚悟を決めて起きることにした。

 たまには早起きして、きちんと朝ごはんを食べようじゃないか。
 
 昔、『早起きは三文の徳』という諺があるくらいなので、いくら儲かるのか調べたけれど、確か100円位と知り心底がっかりした。
 
 あの諺は、私のように偶然早起きする人に対してもたらされる徳なのではなく、きちんと毎日早起きを継続して三文を貯金し続けた人が、しっかりとした徳を得るのだと理解している。
 継続は力なり。
 チリも積もれば山となる…………そういうことだ。
 
「世の中よくできてるなー。……………………私には無理だけど」
 
 そんなことを呟きながらダイニングキッチンに行くと、お母さんが朝食の準備をしていた。
 
「おはよー」
「おはよう。今日は早いね。どうした。何かあった? もしかして何か今日学校の行事あったっけ?私忘れてた?」
「うんにゃ。何もないよ。なんとなく目が醒めただけ」
「あー良かった。焦っちゃった。昔、そういうことあったじゃない? 幼稚園のころ。遠足だったの忘れてお弁当なくって。コンビニに走ってお弁当買ってお弁当箱に移し替えて何とかしたよね。あの時も、日和は早く起きてきて、『遠足!』とか言うんだもん。知ってるなら前の日に言ってよって思ったわ。お弁当以外の準備も色々あるのに」
 
 お母さんはけらけら笑っている。そうだ。確かそんなこともあった。
 ただ、確実にプリンとか何かで情報は共有されていたハズだから、私一人が悪いってのは無理がないだろうか………………幼稚園児だし。
 
「そんなこともあったねー。でも今日は大丈夫だよ。もしかしたら私が忘れているだけかもだけど」
「怖いこと言わないでよ。でもまぁもう子供じゃないんだから、そうだったとしても自分で何とかしてねー」
「あーい」
 
 適当に返事をしてその場は終了。
 仮にそんなことがあったら、適当な理由をつけてサボってしまった方が楽だろう。
 
「そうそう。せっかく早く起きたんだから、朝ごはんの準備よろしく!あとはパン焼くだけだから」
「えーーーー」
「いいでしょその位。お母さん、お父さん手伝ってくるから。よろしくねー」
 
 そう言い残し、行ってしまった。
 
(お父さんもお母さんも朝早いから仕方ないか。三文の徳とはいったい……)

 やはり徳をするのは、毎日早起きを継続している人なのだろう。
 私は三文の損になってしまった。
 まぁ、朝ごはんを用意するくらい、別にいいだけど。
 
「よっしゃー。美味しいパン焼くかー」
 
 気合いを入れて立ち上がるが、やることはトースターにパンを入れて待つだけ。
 ジリジリと焼かれたパンを焦げるギリギリのサクサク状態で取り出し、朝ごはんを食べる。
 うちは朝食のメニューは目玉焼きと、ウィンナー、キャベツなどの少々の野菜とパンでいつも固定。
 
 弟はまだ起きてこないので、私一人。
 テレビもつけていないし、少し離れた仕事場でお父さんとお母さんが仕事をしている音がかすかに聞こえるだけ。 
  
「今日は来るかなぁー」
 
 風間 美桜さん。
 
 いつの間にか私に突っかかってくるようになって、そのあと、気がつけば図書室で少し話すような関係にもなって。
 そして私が一番聞きたかったことを聞いた。
 
「あなたは私のことが嫌いなの?」って。

 そしたら、風間さんは学校に来なくなった。
 担任の先生が詳しい理由を何も知らないところを見ると、大きな病気やケガではなさそうだ。

 となれば…………。

「原因は、私だよね」
 
(私、そんなにマズイこと聞いたかな……)
(私は悪くない……はず)
 
 誰に聞いたって、明確だと思う。
 私は、身に覚えがまったく無いにも関わらず、ことあるたびに彼女から悪態を突かれてきた。
 
 それに耐えかねて、今の状況を変えるために、そして、その理由を知るために、私が彼女に対して「なぜ?」と聞くのは、ごく自然なことだと思う。

(本当にそうだったのかな…………)
 
 ここ最近、ぐるぐると同じことばかり考えていた。
 
 私が風間さんに「私のことが嫌いなのか」ということを聞いたことは、これはまだ誰にも話していない。
 というか、話す相手がいない……。

「なんだかなー」
 
 本当は、聞かなくてもいい質問だったのかもしれない。
 ただ最近の風間さんは、私がどうしても隠したい部分に、気が付いている様子だった。

 それがたまらなく嫌だった。
 
 私は意図的に友達と距離を置くようにしている。
 必要以上に仲良くならないようにするために。

 
 物心ついたのは、おそらく3歳くらいだろうか。
 一番古い記憶は、幼稚園に向かうお母さんの自転車の後ろに乗っているところ。
 いまもそうだけど、昔からとても働き者の母だった。
 
 幼稚園での私は、男の子にも引けを取らない位に活発な元気な子で、毎日キズだらけになって遊んでいた。
 幼稚園の中でもリーダーのような存在だったらしく、あの頃は自分の周りが世界の全てだと思っていたし、私が楽しいと感じることは周りの子も楽しいと本気で思っていた。
 そして大抵はその通りだったはず。
 
 小学校に上がっても、私の性格は変わることなく男女関係なく思いっきり遊んでいた。
 男の子だろうが女の子だろうが、人数がいれば楽しいことが起きる。
 だから積極的にいろいろな子に声をかけ、楽しく過ごしていた。
 
 ただ年齢を重ねると、個々人の性格が明確に形成されてくる。
 
 外で遊ぶことが好きな子もいれば、教室で本を読むことが好きな子もいる。
 たくさんの友達といることが好きな子もいれば、あまり人と関わるのが好きじゃない子もいる。
 そして、自分の意見を言うことが得意な子もいれば、苦手な子もいる。

 それは当たり前のことだと思うが、当時の私にはそれがイマイチ分からなかった。
 
 誘われて、自分がやりたくなければ断ればいい。
 私も無理に誘ったりはしていない。

 でも、みんなで遊んだ方が楽しいと思ったので、何かするときは近くにいた子みんなに「一緒にあそうぼう!」と声をかけて遊んでいたし、学校の先生も「友達に積極的に声をかけてクラスの雰囲気をよくしてくれるリーダー的な存在」って通知表に書いてあったとお母さんから聞いていた。
 
 そんな性格だったから、喧嘩をしている友達がいれば仲裁に入った。
 人の悪口は言うのも聞くのも嫌いだったので、あまりにひどい時は友達に注意したりしていた。
 
 今でも、それは正しかったと思う。
 ただ、そんな正義感を丸出しで行動していたものだから、やっぱりうまくいかない時が来た。
 
 きっかけは些細なことだった。
 仲の良かった子同士が喧嘩をしていたのでいつも通り話を聞き、仲裁に入った。
 誰が見ても、双方の誤解から生じる言い合いだったので、その部分を指摘し仲直りを提案した。

 これで元通り。
 うまくいくはずだった。
 ただその子は、私にこう言ったのだ。
 
「わかった……わかった……私が悪いの。日和ちゃんの言いたいことはわかった。ただ……でも……」

 みるみる、目の前の友達の目が潤んでくる。誤解が解けて、仲直りできるようになったのに、どうしたのだろうと思った。
 
「日和ちゃんは、なんでも自分の思い通りになると思ってる!」
 
 震えながら私にそう伝える女の子は、大粒の涙を流して泣きだした。
 
 私は、目の前の状況が分からず、何を言えばいいのかを必死で考えていた。
 喧嘩になってしまった友達のために良かれと思って行動し、丸く収まったと思った矢先に、なぜか矛先が私に向いてきた。
 どうしたらいいのか、私にはまったく分からなかった。
 
「わかる。日和ちゃん、そういうところあるよね。ちょっと空気読めないところがあるっていうか。でも、いい加減、そろそろ空気読むの覚えた方がいいよ」
 
 泣き止まない友達の喧嘩相手が口にした言葉だった。
 
 私は、幼心に我慢し難い理不尽さを感じていた。
 ただ、喧嘩の当事者の二人が、まだ気持ちの整理がついていないだけなのかと思い、口を開きかけたら……。

「そうそう、日和ちゃんって空気読めないところあるよね。いや、全然たいしたことじゃないんだけど、日和ちゃん。遊ぶ時に誰でも声かけるのは止めて欲しい。せっかく、仲のいい友達で集まっているのに、何で他の子にも声かけるの? って思うことある。嫌な子もいるって、分かってほしい」

 周りに野次馬としていた当事者でもない子が次々に話に入ってきて、発言を続ける。
 
「私、あきこちゃん嫌いだから、日和ちゃんがあきこちゃん誘うと、テンション下がる」
「だよねー。私もあきこちゃん嫌い」
「日和ちゃん、だから、これからは空気読んでよね」
 
 喧嘩をしていた二人だけでなく、周りにいた友達全員が、一方的に私を責めてくるこの状況の意味がわからない。
 
 幸いなのかどうかわからないが、この流れはそれで終わった。
 それが私へのイジメに発展することもなかったけど、その日のその後の記憶は曖昧で、教室でどんな話をしたかはよく覚えていない。
 
 覚えているのは、これまで経験したことのない、ドロドロとした友達への感情。
 それを抱えて家に帰ったが、自分の部屋に入った途端、堰を切ったように、ただただ泣いてしまった。
 
 喧嘩の仲裁という正しいことをやったにもかかわらず、なぜ自分が標的になって理不尽なことを言われなければならないのだろう。
 百歩譲って、悪かった点を指摘された当事者が、ばつの悪さから私に八つ当たりをするのならまだわかる。
 そうじゃなくて、今まで私に直接言えなかったことを周りにいた友達も平気でぶつけてくることが信じられず、ただただ悲しかった。
 
(嫌なら断ればいいじゃん!)
(なんで、みんなそろって悪口言ってくるの?)
(友達じゃないの?)
(空気読むってなに? わかんないよそんなの)
 
 泣いても泣いても答えは何も出ず、次の日は生まれてはじめて学校に行きたくないという気持ちになった。
 いったいどういう顔で友達と話をすればいいか分からない。
 
 ただ、この世の終わりと思うくらい重い足取りで学校に行ってみると、私に言いたい放題言った友達全員が、昨日は何事もなかったかのように話しかけてきた。
 
(なにそれ……ぶざけないでよ)
(なんだったんだろう……私は何のために…………)
 
 流石に高校生になった今ならわかる。
 人と人との繋がりはとても難しく、メンドクサイ。
 
 仲の良いグループで遊ぼうという時に、他の子を誘うのはあまり歓迎されない。
 昔の私はその理解、感覚が曖昧だったことに加え『こうあるべき』という理想を押し付けてしまっていた。
 
 些細なすれ違いで喧嘩した友達の仲裁に入ったのは、仲直りして欲しかったから。
 遊びにたくさんの友達を誘ったのは、みんなで遊んだ方が楽しそうだから。
 ただそれだけの理由だった。

 それが悪いことだったとは今も思っていない。
 ショックだったのは、いままで一番仲が良いと思っていた友達に「日和ちゃんは、なんでも自分の思い通りになると思ってる!」と言われたこと、そしてそれに賛同した友達の態度だった。
 
 相手も、私に対して色々思うところがあったのだろう。
 ましてやまだ小学生。
 ただ、それでも、お互いのことが一番わかっていると思っていた友達から心無い言葉を投げかけられたのは耐えられなかった。

(もう、必要以上に仲良くならなくっていいや)
 
 私のココロが小さいかもしれない。
 弱いのかもしれない。
 
 一方的に私が友達を信じて、そして勝手に裏切られたと感じる。
 面倒な性格だと自分でも思う。
 友達だって、そこまで真剣に考えた発言じゃなかっただろう。
 だからこそ、次の日にあんなに普通に接してきたのだと頭では分かる。
 
 ただ、無理だった。
 
 一方的に友人関係に絶望した私だけど、何か変わったわけじゃない。
 だって、私は全てを拒絶して生きていけるほど器用な性格じゃないから。
 
 ただ、誰にも均等に、平等に接してさえいればこんな思いはしなくて済む。
 必要以上に深く付き合わなければ、相手を深く信じさえしなければ、裏切られたと感じることもない。
 そして、できるだけ自分の意見を言うことも控えれば「何でも自分の思い通りになると思っている」なんてことは言われないだろう。
 
 大丈夫。
 
 少し寂しくなるかもしれない。
 でも、それでいい。きっとうまくやれる。
 
 そんなルールを自らに課して、それを忠実に守って生活を続けてきた。
 思いのほか友達が離れていくこともなく、むしろ付き合いを均等にしたことで、友達は増えたくらいだった。
 
 学年が上がるにつれて、友達同士が表立って喧嘩をするようなことはなくなってきたが、それでも、友達関係がギクシャクすることはある。
 
 ただ、私には関係ない。

 昔のように仲裁に入ることもしない。
 私の正義感が、相手を傷つける可能性があるのであれば、そんなお節介は不要だろう。

 これが今の私。
 青井 日和という人間。
 
 一度慣れてしまえば楽だった。
 つまらない人間だと自分でも思う。
 そして、ずるい人間だとも思う。

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