【小説:私があなたに!】5.ちひろの秘密

 昨日は一人を除いて、我が青井家の黒歴史が爆誕した日になったけど、世の中の何かが変わるわけでもないので今日も学校に行く。
 若干足取りが重いのは私も昨日の事件を引きずっているからに他ならない。
 ちなみに、中学の頃は家から近かったので徒歩で通っていたが、高校に進学すると自転車通学になった。
 最初こそ毎日の自転車通学が楽しかったけど、一ヶ月も経たないうちに完全に飽きてしまった。
 季節は秋に変わり、本格的に冬の防寒を考えなければならない時期になってきた。
 
 寒いのは苦手だし、この地域の冬は、雪が降らない代わりにとんでもなく風が吹く。
 風の中の通学は、色々な伝説があり、

 曰く、風があまりにも強すぎてペダルを踏んでも前に進めず通学を諦めた。
 曰く、風に煽られて道路から畑へ転落した。
 曰く、行きは向かい風で40分、帰りは追い風で15分で帰れる(引きこもりになる可能性すらある……)とか。
 
 自転車通学を余儀なくされた状況を呪おうと思ったけど、よく考えたら家からどこの高校に行っても結局は自転車通学になるので諦めた。
 入学してしまったのだから、もう腹を括るしかない。
 まったく、これだから田舎は……。
 
 行き場のない怒りを感じていると、学校まであと少しという所で、なんだか高級そうな車に追い抜かれた。
 ドラマやニュースで偉い人が乗っている印象がある黒い車。
 こんな車に乗っている人もいるんだなーと思って眺めていると、優雅なスピードで私を追い越した車は、ゆっくりとT字路を右折した。
 
(確かその先は狭い駐車場だった気が……)
 
 高級車が止まるには不自然と思って右折先の駐車場が見える位置で止まると、駐車場に停止した車の運転席からいかにも執事風の初老の男性が降り、後部座席をうやうやしく開いた。
 
「うっそ!」
 
 中から周囲をうかがうように、きょろきょろしながら出てきたのは、橘さんだった。

 あまりに驚いたせいか「うっそ」が声に出てしまっていたらしい。
 橘さんは、声がした方向に私がいることを確認するやいなや、
 音が出ない声をあげて口をパクパクさせていた。
 
 こちらも、こんな経験をしたことが無いので、彼女に近づくかこの場から立ち去るかを考えてしまい体が動かず、次の行動に移ったのは橘さんが先だった。
 
「あおいぃぃぃぃぃぃぃ!」
 
 叫んでいるとも、泣き声ともわからない声で、橘さんが駆け寄ってきた。
 
「うわぁぁぁ」
「あおい、このことは内緒にして! お願いします。お願いします。何でもします。私をどうにしてもいいかぁぁぁぁ」
「なっ、なに、なに。っていうか、変なこと言わないでよぉー」
 
 タックルに近い形で私の腰あたりにしがみついた橘さんは、人がみたら100%誤解されるようなことを涙目で訴えている。
 このまま土下座しそうな勢いすらある。

「わかった、土下座、土下座するからぁぁぁ」
 
(あ、言ったわ……)
 
「し、しなくていい! 土下座しなくていいから!」
 
 いくら目立たない場所とはいえ、大声で誤解を受けるようなやり取りをしていれば通行人の注目を集める。
 その証拠に、先ほどから明らかにうちの制服を着た人が可哀そうな目でこちらを見ているし、犬の散歩中のおばあちゃんがスマホを探しているような素振りをしている。
 
(やばい、やばい、やばい、ケーサツ呼ばれたら私がいじめてるみたいになっちゃう!)
 
「ちひろ! わかった。わかったから学校行こ! ね?  話は聞くから! このままだと遅刻しちゃうよ」
 
 なおも不安そうな目をしているちひろを引き剥がし、学校に向けて歩き出させることに成功した。
 今思えば、気が動転して呼び方が『橘さん』から『ちひろ』に変わっていた。

 仲良くなるきっかけがコレというのが悲しい。
 
 ちひろをここまで送ってきた、いかにも『爺や』と呼ばれていそうな執事っぽい初老の運転手の男性は、申し訳なさそうな視線を私に向け、ものすごく丁寧な一礼とともに見送ってくれた。
 
(いやいやいやいや、ちひろを止めるとか、何かしてくれよぉ〜)
 
 本当に、まったくなんて日だ。
 お祓いにでも行ったほうがいいのだろうか。

 
 なおも隙あらば土下座するのを辞さないちひろの話をまとめると、昨夜は漫画を読むのが止められず、明け方に寝たため見事に寝坊してしまったとのことだった。
 
 それが、今日の出来事にどう繋がるのかと思っていたら、そのような日は、お抱えの運転手さんが車で学校まで送ってくれることになっているのだけど、そんな様子を学校の友達に見られることが恥ずかしく、いつも少し離れた場所に車を止め、そこから徒歩で学校に向かっているということを説明してくれた。
 
(う、うらやましい……)
 
 率直な感想だった。
 私は至って平凡な自営業の家庭に育ち、仕込みの関係からお父さんもお母さんも朝早くから働いている。
 なので、私が寝坊したときも「寝坊する方が悪い!」と言って、決して送ってくれるようなことはない。
 例え、朝がそこまで早くない普通の家庭であっても、うちのお母さんは性格上、娘を学校まで送っていくことなどないだろう。
 笑いながら同じように「寝坊する方が悪い!」と言うに決まっている。
 結局変わらない。そんなものだ。
 
 ちひろの話だって、私に泣きべそをかきながら土下座を提案するまでのことだとは思わないけど、確かに校門前に運転手付きの車で現れたらうちの生徒は驚くだろう。
 その様子を想像すると、ちひろの行動も十分理解できる。世の中、なかなか難しい。
 
 フムフム。と一人納得する。

「あおい……あのー、このことは秘密にしてもらえる……?」
 
 なおも涙目で懇願してくるちひろに同意以外のことを言ったら、それこそこの場で土下座でもなんでもするだろう。
 私はそれを望んでいない。
 平和に一日一日が過ぎていくことが一番だ。
 
「わかった。わかった。秘密にする! これは私とちひろだけの秘密ね」
「あおい〜」
 
 やっと安心した顔のちひろが、大袈裟に抱きついてきて自転車ごと転びそうになる。
 ふぅ。
 これで朝っぱらからの奇怪なイベントも終わりだろう。
 こちらも安心、あんし……
 
「ありがとー。お礼に今度なんでもいうこと聞くからね。なんでも言ってね! なんでもだよ!」
 
 安心できなかった。
 校門前に偶然居合わせた生徒たちがそれぞれ、怪訝な顔、不憫な顔、恍惚とした表情などでこちらを見てくる。
 できれば今の出来事は、優秀な生徒の皆様の記憶から永遠に消し去ってくれると嬉しい……って、恍惚の表情はおかしくない?

 ちひろとの約束なので、誰かに話したりはしない。というかぶっちゃけ、そんな話を共有できる友達は、私にはいない。
 誤解の無いように言えば、友達はたくさんいる。
 要は、親友と呼べるようなお互いの秘密をなんでも共有できるような友達がいないのだ。
 でも、それでいい。
 そういう関係は正直面倒なので、絶対に作らないようにしている。
 
 
 朝の特殊イベントの後は特別なこともなかったけど、時折、心配そうな目でこっちを見てくるちひろと目があった。
 私が『うんうん』とうなずいたり、口に人差し指をあてて返事をすると、ぱぁっとひまわりが咲いたような笑顔を向けて、手を振ってくる。
 
(嬉しそうだなー)

 色々な家庭の事情があり、あれで内心色々なことを考えているのだと思う。
 ただ、そういった心の葛藤を周りに感じさせずに接することができるはすごいと思う。
 いつか機会があったら、色々聞いてみたい。
 もちろん、平和に聞けるなら……だけど。

「ゔ〜〜〜〜〜〜ん」
 
 帰宅するためのやる気を出そうと、大きくノビをした。
 
「日和、じゃあねー」
「おー。部活がんばってねー」
 
 部活がある子はさっさと部活に行ってしまう。
 帰宅部の子からも今日はどこかに行こうと誘われなかったから、特に予定もない。
 
 さてさて、一人きりになってしまった。
 あとは帰るだけなのだけど、いろいろあったので少し疲れた。

「これは夕食後にすぐに眠くなっちゃうパターンかな」

 家に帰ってから宿題をやるのは難しいかもしれない。
 絶対に諦めて寝る自信がある。
 喫茶店はお金かちゃうなぁ。
 そうなると……。
 
「図書室にでも行くかー」

 
 図書室のフリースペースは、私と同じような考えの人が多かったらしくそこそこ混んでいた。
 
 手前の複数人が座れる大きなテーブルは、グループワークをしている生徒で埋まっていた。
 これを避けて、席がひとりずつパーティションで区切られている奥のスペースを目指す。
 進学校ということもあってか、奥のスペースも意外に席が空いていない。
 その中で、鬼気迫る様子で勉強をしているのは受験が迫った3年生と思う。
 
(みんな真面目だなぁ)
 
 あと2年すれば、自然と自分も同じ立場になるけど、今はそんな姿が全く想像できない。
 この学校では就職する生徒が稀なので、一応県外の大学に進学することになるだろう。
 ただ今の所、将来何かしたいこともなく、未定。

(ケーキ屋を継ぐ選択肢もあるかなぁ)
 
 やっと、ちょうど空いたスペースを見つけたので、いそいそと向かう。
 ディスクライトをつけ、荷物をおろし、数学の教科書とノートを出す。
 最後にスマホにイヤフォンを接続して勉強の時によく聞く音楽を流して準備完了。
 
(これでカンペキ!)
 
 一瞬、小説の続きを読もうとも考えたが、なんとか耐えた。
 よかったよかった。
 小説を読み始めたが最後、ただ小説を読みに来ただけで終わり、家に帰って寝るという最悪の事態を迎えただろう。
 今日の私は偉い!
 

 
 数学の宿題と予習、英語の小テストの範囲を終えるころ、イヤホンを外してふとあたりを見渡す。
 自分の周りの席も空席が目立つようになり、グループワークをしていた生徒もすっかりいなくなっていて、人は多少いるけど誰も喋っていない、独特の静寂に包まれていた。
 
「私もそろそろ帰ろー」
 
 誰に言うわけでもなく呟き、帰宅の準備を始める。
 
 ふと思うのは、の風間さんのこと。
 
(なんであんなに突っかかってくるのかなぁ)
 
 好意とは対極の感情で私に関わってくる。何がしたいのだろうか。
 いくら考えても思い当たることがないし、こちらから積極的に話しかけたことはも記憶にない。
 
 思い当たる節がないのに、いちいち突っかかってこられるのは、決して気分が良いものではない。
 ただ……。
 
「なんか気になるんだよなぁ。一人でいる時も、怒ったような、泣きそうな、どこか寂しそうな顔をしているし……」
 
「笑った顔は絶対かわいいのに……」

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