「日和、どこか寄ってく? 私、甘いもの食べて帰りたいなー」
「うーん。お小遣いピンチだから今回はやめとく」
「そっか、了解。またねー」
(一人目……)
「日和ちゃん。次の土曜日、映画館行かない?」
「あー、次の土曜日、ちょっとうちのお店に大きな注文入っちゃってて、夕方まで手伝わなきゃなんだよ。ごめんね」
(二人目……)
「ひよりー、今日帰りに本屋行かない?参考書買いにいくの手伝ってよ」
「いいよ!ちょうど欲しい本あったし」
(三人目……お小遣いピンチなんじゃなかったの?)
放課後、帰りの準備をしていると、青井のところには入れ替わり立ち替わり人がやってくる。
それが鬱陶しくて仕方がないのだが、先日の席替えで席が近くなってしまったこともあり自然に会話が耳に入ってきてしまう。
しかも、青井は誘いを断ることが多いのだけど、よく聞いていると断り方に一貫性がないというか、矛盾していることもかなりあることに気がつく。
(友達なんだから青井の嘘になんでみんな気が付かないのかな。青井、実は結構性格悪い?)
と思うのだけど、どうやらそうに思っているのは自分だけで、友達は特に何も思っていないように見える。
「ひよりー準備できたー?」
教室の出口のところで、青井を誘った子が彼女を呼んでいる。
確か名前は高田……高橋さんだったかな……。
「今行くー。あ、じゃあね、風間さん」
不意に青井に挨拶されたため、私は言葉が出なかった。
思わず彼女の方を向くが、すでに教室の出口の方に向かっていて、今からではもう遅い。
大きな声を出すのは目立ってしまう。
(びっくりした。チラチラ見てたのがバレてたのかな。今日に限ってなんで? というか毎日毎日、休み時間も放課後も、ひっきりなしに誰かくるのが邪魔。たまに私の席にも座って話してるし)
今日は、化学実験室の件といい、放課後といい、最悪だった。
どうしようもない憤りを感じていると、ちひろがこちらに来るのが見えた。
「みお、今日はもう帰るの?」
「帰るよ。部活も入ってないし。ちひろは今日部活休み?」
「部活あるよ。なんか最近調子いいから楽しいんだ。」
「ちひろは調子悪い日とかあるの? 想像できないんだけど」
ちひろは中学から陸上部に入部し、持ち前の運動神経の良さもあり、高校でも同じ陸上部で活躍しているらしい。
「調子悪い日? あるよ。いつもよりタイムが遅かったり、気持ちが乗らなかったり。でもそういう時は、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。って思いっきり練習するか、家でゆっくりすると大体よくなる」
「うーん、分からん」
でも、ちひろも調子が悪い時があるなんて、意外だった。
『いつだって絶好調! ご飯おいしー』って感じだと思ったのに。
やっぱりそんな完璧超人は居なくて、みんなそれなりに悩み事があるんだな。
「みおは、もうソフトテニスやらないの?似合ってたけど」
「パス。私、向いていないってよくわかったから」
「じゃー陸上やろう! 800メートルとかいいんじゃない?」
「パース。もう勉強で手一杯。これで部活までやったら成績やばいし、あの母親に何て言われるか分からない」
それを想像して、心底うんざりしているのが声に出てしまった。
「あー、みおのお母さん、厳しいって言ってたもんね。でも、みおは集中力あるし頑張り屋さんだから、何か夢中になれること見つかれば、すっごい力を発揮できると思う」
「あ……ありがと」
(普通は躊躇してしまうようなセリフを、まっすぐ素直に言えるのが、ちひろのすごいところだと思う)
「それじゃー私、部活行くね」
「おー、いってらっしゃーい。がんばってねー」
「おー!」
「あ、そうそう。みお最近家、じゃ勉強集中できないって言ってたじゃん。先輩もそんな感じで、そういう時は図書室で勉強しているらしいよ。ただ、テスト前は混むから要注意だって。じゃーねー」
最後の「じゃーねー」は、走り去りながらだったので、若干、聞こえ方が救急車のサイレンのようだった。
あの現象、なんだっけ? ドップラー効果だったかな。
(図書室か……)
家に帰っても、買い物にでも出かけていない限り母親がいる。
できればあまり顔を合わせたくない。
かといって、どこか寄り道をする予定もない。
であれば、物は試しに図書室をのぞいてみるものありだろう。
「行ってみるかー。図書室」
部活もやっていないし、急用もない、自分が安らげる居場所もなければ、友達も少ない。
まさに、ないないずくしの私。
一生に一度きりの花の高校生活がこれで良いのかと思うが、考えても仕方ないので図書室に向けて歩き出した。
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