(ちひろから来たメッセージ…………ちひろのお母さんが料理張り切って作るって…………。すごいの出てきたらどうしよう)
「ふーっ」
『友達の家に泊まる許可を得ること』たったこれだけのことなのに、すごく疲れた。
前回ちひろの家に泊まったときは、半ば家出のような形だったので、今回、私は初めて正々堂々と友達の家に泊まる。
正々堂々ってなんだ?と自分でも思うけど、その通りなのだから仕方ない。
ちひろから泊まりに来ないかと誘われたときは『楽しそう!』という気持ちが溢れた。
ただすぐに母親の顔が浮かんでしまい、嬉しい気持ちが一気にしぼみ、ドロドロとした負の感情が体を支配した。
うちの母親がなんて言うかなんて想像できなかったし、どう許可をとるべきかを考えるのも憂鬱でしかたがなかった。
ただ実際は………………。
『向こうのお家に迷惑がかからないようにしなさい』
何を言われるかと身構えていたけど、それだけだった。
あとは、勉強に影響が出ないようにと言われたが、そんなことは言われるまでもない。
あっけなかった……。
ここ最近、うちの母親がヒステリックになった記憶はない。
というか、そもそも必要最低限の会話をした記憶がなかった。
「おはよう」「いただきます」「ごちそうさま」「いってきます」「ただいま」「おやすすみ」基本的に、これだけ。
(全然、気がつかなかった……)
意識してそうしていたわけではなく、自然とそうなっていた。
他の家族はどんな会話をしているのかなんて分からないけど、私が思っている以上に、我が家はダメになってしまったのかもしれない。
ただ不思議と、寂しいとか、悲しいとか、申し訳ないとか、そういった感情は一切なかった。
そういう意味では私も、ダメになってしまったのだろう。
誰かにとっては…………。
あまり考えてもしかたないので、日和に明日図書室に行かないことを連絡しようと思い、メッセージアプリを立ち上げた。
日和は、今日は別の予定があったみたいで放課後図書室に来なかったが、変わりに『ごめん、今日、図書室行けない』というシンプルなメッセージと、彼女らしい、ほんわかとしたキャラクターが謝罪しているスタンプが送られてきた。
私が『OK』と返して、やりとりはそれで終わり。
それに続く形で
『明日は、ちひろの家にいくから、私が図書室いけない』
私も何かスタンプを送った方がいいかと悩んでいると、直ぐに既読がつき『りょーかい! ちひろにもよろしく伝えてね!』とメッセージが来た。
(返信、はやっ!)
乾いた心が満たされるように暖かい気持ちになる。
日和みたいな人が私の母親だったら、私はもっと違う私になれていただろうか。
先ほどまで感じていた言いようのない虚無感はもうない。
その日、とても良い夢を見た気がしたが、朝起きると何も覚えていなかった。
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