特に目的もなく適当に店内をブラブラして、ジャケ買いが大成功した本、逆に大失敗して、あまりの悔しさに直ぐに古本屋に出してしまった本を美桜に紹介していった。
好きな作家の本はおすすめもたくさんあって、今思うとはしゃいで喋りすぎたと思うけど、美桜が楽しそうに聞いてくれていたので大丈夫だったと思う。
「日和、いつもより楽しそう。生き生きしてる」
「そう? あ、でもいつもは図書室だからあんまり大きな声で話せないじゃん。夜の公園も騒ぐような場所じゃないし」
「そっか、あ、あとは好きなものに囲まれているからか。テンション上がっちゃうよね」
(そうだね。あと、好きな子と一緒にいるから…………)
「美桜は本好き?」
「好きだよ。ただ、今は勉強しなきゃだから読みたい欲求を貯めてる。大学に行ったら、その貯めた読書欲を一気に解放するつもり」
「おぉう。すごい貯まりそうだね。大学行ったらってことは、やっぱり家のこと?」
「うん。私、できるだけあの家に私の痕跡を残したく無いんだ。だから今、少しずつモノを減らしてる。大学の一人暮らしの部屋も、そんなに広いところを借りられないだろから、その部屋に入り切るくらいまで。大学に進学して家から出るときは、私の部屋には余分なものが一つも無いのが理想。で、必要なそれを全部持って出ていく。ダンボール二箱くらいかな。だから、服とか、今まで買った本とか、ちょっとした小物とか、母親に不自然に思われないように、ちょっとずつ捨ててる」
「もったいない!」
「え?」
「美桜、もったいない!」
何かを考えていたわけじゃない。
反射的に、私はそう口にして、無意識に美桜の両手をとった。
「私、今の話、美桜がすっごく色々考えて、それを行動に移しているんだってわかる。美桜は本当に色々がんばってるもん。でも、今捨てちゃってるものの中には、美桜の好きなものとか、思い出がいっぱい詰まっているものもあるんでしょ? それを捨てちゃうなんて、もったいないよ」
「そんなこと言ったって、どうしようもないじゃん。私は、あの家に私のものを残したくないん…………」
「全部一人でなんとかしようとしちゃだめだよ!」
「美桜。美桜はもう一人じゃないんだから! 私がいるよ。美桜の目標、私、応援してるし、力になりたいと思ってる。美桜が、好きなものや、思い出が詰まったものを簡単に捨てちゃってるなんて寂しすぎるよ。私にできることない? そうだ、美桜がちゃんと自分の場所を見つけるまで、私が美桜の大切なものを預かるよ。それくらい、できるから」
「日和………………。ありがとう。でも私、日和にそこまで迷惑かけられない……」
「美桜! 私言ったよね。『私、メンドクサイよ』って。もう私、決めたから、今度、美桜の家に行って、美桜のもの全部持って帰るから!」
美桜は、困ったように視線をそらし、何か考えているような素振りを見せている。
少し強引だったと思う。
でも私は、譲る気は無い。
私は、私が大好きな人が、悩んで、苦しい思いをして、とても大切なものを手放さなければならないということが我慢できなかった。
(そんなの、絶対間違ってる!)
「日和…………」
「なに? ちなみに拒否権はありませーん」
「………………ごめん。お願いします。なるべく少なくするから」
この短い時間に、美桜は果たしてどんなことを考えていたのだろう。
「美桜ちゃん。こういう時はね。『ありがとう』って言うんだよ」
美桜は恥ずかしいのか、体を私の方から逸らそうとしたけど、あいにく、両手を私が握っているので、それができない。
かわりに両目を閉じ軽く呼吸を整えた後、美桜は私の手をキュッと握り返してきた。
「日和…………ありがと。よろしくお願いします」
美桜の笑顔に私もつられて笑ったが、お互い照れ臭くなってしまい、同じタイミングで手を離す。
途端に少し寂しい気持ちを感じたけど、また手を繋ぎ直すのも変なので、先ほどまで感じていた美桜の手の温もりを包むように、私は手を握った。
「それじゃぁ、今度美桜の家に荷物を取りに…………いや、まずは私の家に来て、美桜のスペース決めようか。美桜のスペースを作っちゃった方がまとめて置けるし、本でも服でも返すときに分かり易いよね。あっ、本は私の部屋にいっぱいあるから、自由に読んでいいし、もちろん持って帰ってもいいから遠慮なく言ってね」
「ありがとう。分かった。…………日和の部屋って本で埋もれてるイメージある」
「美〜桜〜。そのイメージ、多分合ってるよ。お母さんからは『そろそろ床が抜けるかも』って言われてる」
「冗談のつもりだったんだけど、すごそうだね…………。私のものはそんなに多くならない予定だけど無理しないでね。日和にも、日和の家に迷惑かけたくないから」
「大丈夫だよ!」
お母さんも、お父さんも事情を説明すれば、多分快く了承してくれるだろう。っていうか、早く美桜を紹介したい。『私の友達だよ』って。
家に友達を連れて行かなくなってしまったので、久しぶりに友達を連れてきたらお母さん、どんな顔するかな。
お父さんの作ったケーキも美桜と二人で食べたい。
弟の優は、まぁ、タイミングがあれば紹介してやろう。
私には、美桜の家がどんなに大変なのかは、やっぱり想像でしか分からない。
ただ私は、美桜のためにできることをしたい。
美桜にはいつも笑っていて欲しい。
そして、それはできれば…………叶うなら、その笑顔の先に私がいると、いい。
「そろそろ集合時間近いから、行く? ちひろももう来てるかもしれないし」
「ちょっと連絡してみる。『私達は着いたよ』って」
「ありがと。お願い」
「あれ? ちょっと前にちひろからメッセージきてるよ………………」
美桜はスマホのメッセージアプリを開き、ちひろからのメッセージを読み上げた。
『ごめん。ちょっと都合悪くなっちゃって。急で本当に申し訳ないんだけど、今日行けなくなっちゃった』
『日和ちゃんにもよろしくって伝えてください』
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