「ちょっと作りすぎちゃったかな…………」
さっきちひろの部屋で、お父さんは出張で留守のため、少人数だから家族のプライベートリビング(ということは、別にパーティーができるようなところもあるのだろうか)で、晩御飯と聞いて油断していたけど、実際は六人ほどがゆったりと座れるテーブルに食事が所狭しと並べられている。
いったい、私はどれだけ食べる想定だったのだろう…………。
「お母さん、張り切りすぎ!」
「ごめんなさい。途中で楽しくなっちゃって。みおちゃん、食べれるだけいっぱい食べてね」
私の家の普段の食事は、母親からの一方的な質問に答えたり、私からはその場を取り繕う会話を提供するといった『作業』だと感じていた。
それが今日は友達と、そのお母さんとたくさん話をして、笑って食事をしている。
こんなに楽しく食事をしたのは初めてかもしれない。それがとても楽しく、嬉しく、そして……少しだけ寂しかった。
その理由は私も分かっているつもりだけど、仕方のないことなのだと諦める。
「あー楽しかった。みおちゃんがいると、普段、家では見られないちひろちゃんの一面が見られて嬉しいわ。ねっ、ちひろちゃん」
「わ、私は、お母さんが何を言うかハラハラしちゃってそれどころじゃないよ! みお、今度から私の部屋で食べようよ」
「あら、そんなに寂しいこと言わないでよ。いいじゃない。みおちゃん、これからもちひろちゃんをよろしくね。ちひろちゃん、みおちゃんのこと大好きだから」
「お母さん!」
「私もちひろのこと、好きです。心配ばかりかけちゃってるけど……」
「もう、みおまで! 心配かけたっていいよ。友達でしょ? みおが困ってたら、どこにいても駆けつけるから」
「…………ありがとう」
すすめられるままにご飯を食べすぎてしまい苦しかったので、食後のお風呂にはちひろから入ってもらっている。
ちひろのお母さんからは『一緒に入っちゃえばー?』と言われたが、さすがに高校生にもなって友達と一緒に入るのは恥ずかしくて断ったのだけど、ちひろショックを受けたような顔をしていた気がする…………。
(ごめんちひろ。もう少し慣れたら、大丈夫かもしれない………………って、慣れるってなんだ⁉︎)
三十分ほどでちひろが戻ってきたので、私も下着とパジャマを持ってお風呂に案内してもらう。
前回ちひろの家に泊まったときは、シャワールームを借りたので湯船のあるお風呂は初めてだった。
ちひろの家のお風呂なので、もしかしたら銭湯や旅館のような何人も入れる大きさを想定していたけれど、案内されたバスルームは案外普通で安心した。
いや、普通じゃない! 湯船も二人で入っても狭さを感じることなく入れるし、洗い場も広い。
なんだか、色々規格外のことが多くて、感覚がおかしくなっている気がする。
(やっぱり二人で入らなくて正解だ……)
ちひろと二人で入ったら……。私は恥ずかしくてお風呂どころじゃなかっただろう。
お風呂に付いていたジャグジー機能を物珍しさからたっぷり満喫してしまい、ちひろを待たせていることを思い出して慌てて部屋に戻ると、寝る準備が完了したちひろがソファーの上で、ふわふわと横に揺れていて、今にも寝そうになっていた。
「ちひろ、ごめん。時間かかっちゃった。先に寝て大丈夫だよ」
「みお、おかえりー。大丈夫ー、もう少し起きてるから」
「そんなところで待ってたら風邪ひいちゃうから! 私も準備できたらすぐにベッドに行くから、先に行ってて」
「…………わかった。先に行ってで待ってるね」
「うん」
大急ぎで寝る準備をしてベッドに向かったけど、すでにちひろはすやすやと寝息を立てていた。
電気を消して、起こさないように注意しながらベッドに入る。
前回は、私が泣き疲れて先に寝ちゃったので、今回は逆。
ちひろの寝顔を初めて見たけど、優しく目と口を閉じたちひろは、とても愛くるしい顔をしていた。
普段の元気いっぱいのちひろの貴重な充電タイムと思うと、不思議と幸せな気持ちになる。
「ちひろ、いつも本当にありがとうね」
お風呂の帰りにバッタリとちひろのお母さんに会った時、ちひろが今日のお泊まり会を本当に楽しみにしていたと聞いた。
晩御飯がたくさんあったのは、ちひろが私に食べさせたいものを色々とお母さんに伝えたことで、お母さんが、ちひろや私を驚かせたくて張り切ってしまったとも。
そのちひろとお母さんの心遣いが嬉しくて、思わず泣きそうになってしまった。
自分の家では、色々と考えてしまって寝つきが悪いのが普通だが、この日は目を閉じるとすぐに眠ることができた。
ちひろの家だからだろうか、隣にちひろがいるからだろうか。
それとも…………。
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