【私があなたに!2】7.お泊まり会_2

翌日の放課後、予定通り図書室には寄らずに家に帰り、簡単に支度を済ませて迎えに来ると言っていたちひろを待つ。
 ちひろは朝からそわそわしていて、ホームルームが終わるやいなや「迎えにいくからね!」と元気よく告げて帰っていった。
 
 私はてっきり、一緒に私の家まで帰って、荷物を持ってちひろの家に行くものとばかり思っていたのだけど、どうやら違ったみたいだ。

『着いたよー』と、メッセージアプリに連絡が来たので、荷物持って玄関のドアを開けると、目の前にはちひろ……だけではなく、高そうな黒い車と、その横に間違いなく運転手と思われる初老の男性が頭を下げていた。

「な、な…………」

 現実離れした光景にもかかわらずどこか既視感があるのは、テレビ、雑誌、漫画などで、執事が運転する車に乗ったお嬢様、または、運転手付きの車で移動する偉い人というステレオタイプ的なイメージが刷り込まれていたからだろう。

 混乱する頭の中で『ちひろって本当のお嬢様なんだなぁ』とようやく理解した結果、それでも口をついて出てきた言葉が「歩きでよくない?」これだけ。
 庶民代表としては十分だと思う。

「歩きでもいいけど荷物あるし、車の方が早いから出してもらったの! 乗って乗って!」
  
 運転手の方は、私の荷物を丁寧な所作で受け取ると、後部座席のドアを開けてエスコートしてくれた。
 ちひろは慣れた様子で車に乗り込むと「みおも早く!」と社内から手招きをしている。

 緊張しながら車に乗り込み腰を落とすと、体が包み込まれるようなフィット感のシートに「わぁぁ〜」と思わず声をあげてしまった。
 ヤバいと思って横のちひろを見ると、外側を向いて声を殺してあきらかに笑っている。
 今すぐ車から飛び降りたくなった…………。

 わずか五分に満たない程度のドライブであっという間にちひろの家に着いてしまったけれど、道すがらも、全然揺れない! 段差でもフワッとした振動しかこない! よく分からないボタンもたくさん付いてる! と感動しっぱなしだった。
 
 車から降りるときも、万が一汚してしまっていたら大変だと思って座っていた席を隅々まで確認していたら、「何かお探しでしょうか」と運転手さん声をかけられ、「あ、スマホを…………いえ、汚しちゃってないか心配で……」と謎の回答をしてしまい、またちひろに笑われてしまい、恥ずかしくて死ぬかと思った。

「もう、車、絶対禁止! 絶対だから!」

 貴重な経験をさせてもらったので怒る権利はなく、私がテンパったのが全ての原因なのは分かっているが、あらかじめ教えてくれれば良かったのにと、ちひろに抗議する。

「もー、そんなに怒らないでよー。早くみおに会いたかったのと、驚かせたかったんだよー」
  
 必死に謝ってくるちひろを見て、そもそもそこまで怒っていなかったこともあり、ようやく、さっきの自分の奇行を客観的に思い出して面白くなってしまう。

「…………くっ、プッ、ふふふ!」

「みお? 頭おかしくなっちゃった?」
「ち、違うの、あははは。あー面白い。大丈夫、頭もおかしくなってない。ただ、さっきの私のカッコ悪さに、自分で面白くなっちゃった」
「みおはカッコ悪くないよ!」
「いやいや、ドラマでしか見たことないようなシチュエーションにテンパって、変なことやっちゃったし、言っちゃった」

 荷物を運ぶと言う運転手さんの申し出を丁寧に断り、お礼を言って受け取る。

「ちひろ、行こ!」
「う、うん」

 若干不安な顔をしているちひろだったが「もう怒ってないよ。ありがとう、迎えに来てくれて。嬉しかった」と伝えると、ぱぁっと、いつもの明るい笑顔を見せて、腕に抱きついてきた。

「ちひろ、歩き辛いって」
「いーの!」

「お邪魔します」
「あら、みおちゃん、いらっしゃい!」
「あ、ちひろのお母さん。すみません。またお邪魔します。あの…………先日は色々とありがとうございました。ちゃんとしたお礼が遅くなってしまってすみません」
「全然気にしなくていいのよ。また何かあったら、何でも言ってね!」
「ありがとうございます」
「そうそう、そういえば……」
「お母様!」
「あらあら、ちひろちゃんごめんなさい。お邪魔虫は退散しますね。みおちゃん、ゆっくりしていってね」

 そう言い残すと、ちひろのお母さんは笑いながら廊下の奥の方に行ってしまった。

「もう! お母さんも昨日からみおが来ること楽しみにしてて……ごめんね」
「ううん。本当にいいお母さんだよね」
「………………うん」

 少し照れたような表情でちひろが頷く。

(本当に、いい親子だな)

 ちひろとちひろのお母さんを見ていると、何だか私まで幸せな気分になるから不思議。

 前回と同じくちひろの部屋に行き荷物を置いて一息つく。
 来るのは二回目だったけど、なんだか自分の家よりも落ち着く気がするからこれも不思議だ。

「何か食べる? でもすぐに夕ご飯だからお腹空かせた方がいい気もするけど……結構出てくると思うし」
「いや、いいかな。ありがとう。って、普通でいいからね。お気遣いなく!」
「それは無理かなーお母さん、すごく張り切ってたし」
「ははは……」

 私、ちひろの中でいっぱい食べるキャラなのかな。
 そんなに食べない方だと思うけど…………。
 
「あ、ちひろ、日和のことも、テストのことも、色々にありがとう。ちゃんとお礼、言えてなかった。本当に感謝してる」
「いえいえ、どういたしまして、一番頑張ったのは、みおだから。お疲れ様でした。………………よかったね。日和ちゃんと友達になれて」
「…………うん。色々あったけど、本当によかった。日和も日和で、色々なことを抱えて悩んでいるってことも分かったし、それを分かった上で、ちゃんと友達になれた」

 ちょっと、照れくさい。
 
「えっとね、私、二人が友達になれるってこと、実は分かってたかも……。だって、日和ちゃんとみお、似てるから」
「え、それはないって! 向こうは友達いっぱいいるし、私はちひろしか友達いないし、性格もほとんど真逆な感じだよ? どちらかといえば、全然似てなくない?」
「似てるって、単純な友達の多さとかじゃないよ。根本的な性格とか、物事の考え方とか、そいうのとか? あとは雰囲気とか! ちなみに、私とみおは似てないよ! 私は、何か困ったことや焦っちゃうことがあると『わーーーー』ってなっちゃうし。何かやりたいことがあるとすぐに行動しちゃうし」

 私は友達が少ないからなのか、そういうのがよく分からない。
 
 ちひろの部屋の机の上にあったピッチャーから、自分とちひろの分を注いで一方をちひろに渡す。
 一口含むと、レモン水の爽やかな味と香りが口いっぱいに広がった。

(似てる…………か…………)

 ちひろが言うなら、そうなのかもしれない。
 お互いがお互いを完全に理解するということは無理だけど、私と日和は、それぞれメンドクサイ事情を抱えている。
 そういう目に見えない何かをちひろが感じとって、それを『似ている』と表現しているのだろうか。
 
 でもそうだとしたら、私と日和どちらでもいい、そのメンドクサイ部分が無くなったらどうなるのだろう。
 私が、母親と決別できたら…………もしくは、県外の大学に進学したら?
 日和が、もう一度、友達を信じることができるようになったら。
 
 ちひろの言う『似ている』はどうなってしまうのだろうか。

「みお? みーお? おーい。聞こえてますかー?」
「あ、ごめん。ちょっと考えちゃった…………日和と私、似てるかな」
「自覚あるの?」
「ううん。全然ない!」
「ふふっ、だと思った」

 ちひろは楽しそうに笑っている。何だかイタズラをしているような笑い方だったのが少しひっかかるけど…………。

「あ、あと一つ聞きたいことがあったの」
「こ、今度はなに?」
「みお、いつから日和ちゃんのことを苗字の『青井』から『日和』って呼ぶようになったの? あと、日和ちゃんもみおのこと、『風間さん』から『美桜』になったじゃない? きっかけが何だったのかなーって気になって。三人で勉強してた時に聞こうか迷ったんだけど……」

 私はふと、日和と友達になったあの日のことを思い出して、体の内側から熱い何かが込み上げて来るのを感じた。

「そ、それは……た、たいしたことじゃないよ。うん……」

 あの時の状況をどう説明したらいいか分からないし、冷静に説明できる自身もない。
 赤くなった顔を隠すように、ちひろから体ごと背を向けると、ちひろはクスッと笑うだけだった。

(ちひろ、ずるい!)

 それからは、ちひろに日和とのことを追求されることもなく、期末テストの結果や、図書室でテスト期間に日和を含めて三人で勉強したときの話しで盛り上がった。
 
 ちひろは、日和が読みかけの小説があるとそっちを読んでからじゃないと勉強は全くしないし、テスト勉強の息抜きといって、図鑑を読んだりしていて、テスト期間でも変わらないマイペースさにとても驚いていた。

(まったく、日和はそれでいて、あの成績を維持できるんだから、ホント世の中って平等じゃないな)

――トントン

 控えめなノックの後に、ちひろのお母さんがちひろの部屋に入ってきた。
 
「ちひろちゃん、みおちゃんといっぱいお話できて楽しそうねー。ご飯できたから、いらっしゃい」 

 それを聞いたちひろは、勢いよく立ち上がり、真っ赤な顔をしてお母さんのもとに飛んでいき、口を塞いでいる。

(ちひろお母さん、ナイス!)

 ちひろの慌てた姿は、新鮮で面白い。
 もう本当は『お母様』って呼んでいることは分かっているし、そもそも私は全然気にしないのだから、普通にすればいいのに。
 ただ、きっとちひろにも隠しておきたいものがあるんだなと思い、妙に納得してしまった。

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